ハノイの地下鉄(メトロ)整備事業の遅延からの教訓
現在ベトナムではハノイとホーチミンで都市交通整備事業がODAを活用して進められています。インフラ整備には多額の費用がかかることから、多くの国がODAによる支援スキームで競合し、整備路線ごとに関与する国が異なっています。
ベトナム政府に限らないのですが、インドネシアの新幹線整備事業の問題にもあるように、インフラ事業を一括したシステムとして発注するのではなく、いろんな国を競合させて少しでも有利な条件を引き出すように考えがちです。その結果、線路を整備するところと電車を製造するところ、運行システムを納入するところがバラバラとなって、全体として整合が取れずにその調整だけでどうにもならなくなってどんどん遅れてしまうこともあります。
また、事態をややこしくしているのが中国の存在です。鉄道整備事業においても、世界覇権を狙う政府の意向を受けて積極的に開発途上国のインフラ事業を獲得を狙い、国の発展に貢献するよりも社会システムを傘下に取り込もうという意図が透けてみえます。そのため受注金額そのものは競合の日本に比べて格段に安く、借入金の政府保証も求めないという常識外の条件を出して奪い取ったのがインドネシアの新幹線事業でした。
ところが実際どうでしょうか。インフラ事業を総合システムとしてやりきる実力が伴っていないのです。インドネシアの新幹線事業では日本に事前調査事業だけをやらせて、その結果をそのまま中国に横流しして中国からは安価で政府保証のない条件を引き出して発注してしまったのです。中国が出した計画書では完成は2019年に開通するものでした。まだ全然工事が進んでおらず、この期に及んでインドネシア政府は何とか日本に絡ませて助けてもらおうというムシの良い動きをしているようです。まあ無理でしょう。
ハノイの地下鉄整備事業の現状から
ベトナムでの最初の地下鉄(メトロ)事業はハノイとホーチミンの両都市で進められています。最初の事業はハノイで中国のODAを活用した路線から整備が始まりました。日本はその後の路線でも事業を請け負っています。一方、数年遅れてホーチミンでも事業計画が推進され、最初の路線は日本が請け負いました。
本来、ハノイの地下鉄の最初の路線2A号線は2011年に着工し2015年には開通する予定でした。バイクが洪水のようにあふれている中で大いに期待されていました。現在どうなっているかといえば、軌道も駅舎も全て完成しています。電車も中国から輸出されて車両基地に納入され試運転が始まっているようです。既に開通予定から5年以上も遅れており、開業予定時期はなんと9回も遅延修正され、今もなお正式な運行開始時期は未定です。何が起きたのでしょうか。
同案件は中国の政府開発援助(ODA)を使用するため、中国側の要請でEPC(設計・調達・建設)契約を請け負う業者として中国鉄道第6局が指定された。工事監視業者の選定にあたり入札は行ったものの、請負業者は中国業者となりました。結果として、この事業者がEPC契約で事業展開した実績がなく、ベトナム事業に求められる設計書類や検収書類を作成する能力がなかったことが根本原因であったようです。軌道も駅舎も完成して電車も納入されているのに運行開始時期が決められないのは、品質確認や運行試験承認を取得するための資料を作れないのです。ベトナム政府は品質確認のためにフランスのコンサル会社と契約したのです。
そもそもマスタープランが粗末であり、そのため実際に展開する細かい設計調整に時間が必要であったり、中国側の融資銀行である中国融資銀行がベトナムに拠点がなかったことから資金の支払いが遅れたことや、軌道や駅舎建設工事の監理能力が低く、資材の落下事故などが繰り返されて多くの死者や怪我人が発生したこと、土地収用のノウハウが乏しかったことなども全体の遅延を引き起こす原因となりました。
日本が請け負ったホーチミンの地下鉄整備
一方、ホーチミンの地下鉄は日本のODAで進められています。こちらは2012年に着工、2018年に運行開始予定でした。こちらは日本のゼネコンが請け負い、工事による大きな事故もなかったのですが、工事代金の未払い問題で工事が中断しかけたこともあり、2度運行開始が延期されており、現在は2021年中の運行開始を目指しています。
こちらの電車は日立製です。中国が納入するハノイのメトロに比べてずっと洗練されたデザインで信頼性も高いと高評価を受けています。軌道もほぼ完成しており、あとは地下鉄駅舎の整備を経て試運転という段階です。
中国が整備したハノイの地下鉄は、本当に電車が走ることができるのかと、多くのハノイ市民はあきらめに近い疑心暗鬼の目で見ており、なぜハノイも日本に任せなかったのかという声が聞こえてきます。
もしかしたら最初に運行するのは、ハノイではなくホーチミンの日本製電車が先という可能性も出ています。交通インフラ整備事業は、単に軌道と駅舎を整備建設して電車を持ってくれば走るというものではありません。運行システムとマネジメント能力のカギとなる人材育成から保守メンテナンスまで一気通貫で初めて価値を生むものです。建設費用と融資の条件だけで決定してしまうと大きな禍根を残します。
結果的に安物買いの銭失いとなってしまいます。インドネシアはじめ、フィリピンやベトナムは多額の授業料を支払う結果となりました。マレーシアはおそらく日本が受注すると思いますが、一方タイは軍事政権のもとでのインフラ事業マネジメントの不安からおそらく日本は手を引くと言われています。
一気通貫で評価される事業こそ日本の真骨頂という分野ではないでしょうか。