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コロナ禍の今こそ経営理念に立ち戻ろう

企業の多くはコロナ禍の真っ只中にあり、インバウンド関連産業などは市場そのものが消滅してしまったかのような様相です。飲食業やエンタメ関連産業などは3密と直結するだけに、営業自粛など集客そのものができなくなり廃業せざるを得なくなっているところが多くなってきました。事務所の近所の商店街でも元々賑わいがなくシャッター商店街の状況でしたし、市内の中心地である心斎橋筋やミナミ地域でも、どんどん飲食店や観光客を相手にしていたドラッグストアなどが閉店しています。

小売、飲食店に限らず消費がここまで継続的に落ち続けることで、今後民間企業の業績低迷がより深刻化し、この秋ごろからは倒産、廃業する企業が増加して、失業率も悪化していくことは避けられない状況です。

給付金は危機を乗り越え社会発展を持続させるためのもの

こういう状況が続くと、企業も一般国民も政府対応のまずさを批判しがちになります。それを加速させているのが偏向的なマスメディアです。「国はいったい何をやってるんだ!」「もっとカネを困っている国民に配れ!」「なんでPCR検査数を増やせないのか?行政の怠慢だ!」不平不満のオンパレードです。その一方で、感染拡大防止のために国が自粛要請ではなく強制力をもったロックダウンのような禁止措置をやるための法改正議論には、国家権力で何か規制をかけようとすることに徹底して拒否するのが偏向メディアの感覚です。

コロナのような惨禍に対しては、国、国民が一丸となって我慢して取り組まなければ乗り越えられません。でも自分が苦境に立たされているのは人のせい、政府のせい、だけども命令されて強制されるのは自由権の侵害だ、自分が我慢するのは嫌だと利己的に考える人が多いように感じるのです。これでは国も社会ももたないように思います。

私自身も今回法人、個人ともに給付金を受けました。確かに売上が激減して給付金は支給してもらえたのは助かります。国、社会全体から見ると、コロナによって企業活動ができなくなり、収入が落ちることによって、国民全体の所得が落ちて国が貧しくなるのを少しでも防ぐための施策です。社会価値を創出する基盤でもある企業を持続させることで雇用を守る最優先の政策であったと思います。

しかし、国民全体が考えなければならないのは、給付金をもらって個人的に助かったということで終わらせてはいけないと思うのです。税金は元々は国民が納めたものに違いありませんが、本来は国全体の「経営」のために使うべきものです。コロナのような社会が持続できるかどうかの危機にあって、いったん給付金や補助金で企業や国民に戻すというのは十分必要性はありますが、それを国、社会発展のために活かさないといけないものです。企業としては給付金を貰うだけもらって、廃業するための資金に充てるということはあってはならないことです。歯を食いしばって企業経営の危機を乗り越えるために活用し、従業員の雇用を守り、そして将来利益を創出して納税で返していくという姿勢が必要ではないでしょうか。

改めて考えたい企業の社会的責任と経営理念

今でこそ日本企業の多くは社会的責任を自覚し、その責任を果たすために経営理念に沿ったを確立して経営を行っています。企業にとっての社会的責任とは企業の存在意義そのものです。単に儲かるなら何でもやるべきだという考えの企業経営者は、それこそ利益を上げることが企業の目的だと考えています。きちんと納税の義務は果たしているから、ボランティアみたいな社会的責任みたいな訳のわからないことを言っている場合じゃない、どんどん売上を上げて利益を確保する以外に何が企業経営か!・・・と言われるのです。

ならば利益があがるのなら何をやっても良いのでしょうか? 明らかに間違いです。社会が必要としているからこそ企業がこの世の中に存在していると考えられない経営者は失格です。

企業の存在価値を明文化した「経営理念」がいかに大切か、とりわけ苦境に立たされているコロナショックの経営環境にあって、どう企業がサバイバルしていくかの基本中の基本を改めて考える機会にしたいと思います。

企業とは、経営資源を活用して付加価値を創造していくのが企業活動の基本です。つまり、ヒト、モノ、カネ、ノウハウである経営資源を使って顧客が解決してほしい価値を提供することで売上や利益につながる循環の中で経営をしています。

ところが大きな誤解をする経営がいます。ヒト、モノ、カネ、ノウハウといった経営資源を企業が全て自分で作り上げることはできません。ヒトについてはきちんと雇用して賃金を払っていても企業の奴隷でも私物でもありません。企業にとっての雇用とは、対価を払って人材が持つ業務上の能力を借りているだけのことです。その人材が持っている能力も、親や先代、そして国や社会が教育投資してくれた結果、獲得した能力の持った人に賃金という形で事業に使わせていただいているに過ぎません。つまりヒトとは社会全体が投資して育ててくれたものであって、企業はその恩恵に与っているだけです。それであるからこそ企業は、社会から預かった人が更に能力を高め発揮できるように人材育成を行う責任があります。たとえその人が退職して他の仕事に就いたとしても、能力ある人材を社会に輩出するための社会的基盤が企業なのです。人材を大切に扱い育成することは社会的責任であることを自覚している企業ほど成長発展していることは実証されています。

また、有形資産であるモノや無形資産のノウハウや技術も、通常はカネで買ったら自分のものと考えがちです。これも間違いです。まずカネ自体も誰かが出資してくれた資金や金融機関が融通してくれた借入金が元になっていますし、それらのカネも社会が生み出した価値の対価が循環しているに過ぎません。国や社会が貧乏だったら、資金提供者もいないでしょうし、銀行もお金がありません。モノやノウハウを買ったということにおいても、そもそも自分が単独で作ったものではありません。誰か他の人や企業が社会的価値として創出したものに対価を払って使わせていただいているだけです。

つまり企業は社会が生み出した価値を事業に利用して売上と利益を享受していることが企業経営の本質であることを考えるべきです。別の言い方をすれば、「企業は価値を創出することで社会の発展に貢献する公器」です。だからこそ、企業は雇用と人材育成に責任があると同時に、他人が創出した価値を活用して顧客のために新たな価値で対価を得、利益を生み出して社会に還元する存在であることを強く認識してこそその存在意義があります。

企業とは、社会の発展に貢献するために存在しているのであって、決して経営者の利益のために何をやっても良いということではない、ということを改めてコロナ危機の今痛感しています。