固定費投資回収意識の低い経営は失敗する
中小企業だけでなく、大企業も新たな事業を開始するには、固定資産を始めとする初期投資によって経営資源を確保することが経営の第一歩です。その経営資源を活用して顧客に付加価値を提供することで利益を獲得しPDCAを回していくことで再投資して成長発展を実現していきます。
ところが失敗する企業には共通のパターンがあります。それは経営者自身に損益分岐点の意識が低いことです。一般的にこれは売れそうだ、流行りそうだといった表面的な情報や思い込みで新規事業に突き進み、身の丈に合わない固定費投資を行って、結局収益が伴わず行き詰まるケースが多いのです。
一番典型的なケースが飲食店経営です。どんどん新しい流行りの店舗が開店する一方、賃貸料や人件費、仕入れ等の運転資金を賄う粗利益を確保できずに閉鎖する店舗も多く、入れ替えが激しい業態です。飲食店に限らず企業経営を支える源泉は集客に成功するかどうかにかかっていますが、特に飲食店はターゲット顧客の明確化やメニューの差別化、店舗での接客サービスや店舗の雰囲気などによる顧客満足が集客結果に直結します。そのために集客を図るために、ややもすれば固定費に多額の投資を行う傾向があります。
まず投資で競争優位性を実現して利益を確保するという経営視点だけでは行き詰まる可能性が高いと思います。順番が逆です。どれだけの集客数と客単価を目指すのか明確に目標設定することが最初です。つまり売上の具体的目標です。そして黒字化する損益分岐点を把握するために把握しなければならないのが変動費率と固定費額です。
固定費額は経常的な賃貸料や人件費、水道光熱費など売上がゼロでも支出するもので、変動費率は主に仕入れ原価など売上に連動する経費です。そして損益分岐点売上高とは利益がゼロとなる売上であり、黒字化を実現するために最低必要な売上高、つまり集客数x客単価となります。これを常に意識する経営が必要です。
初期投資で立派な内装工事を行い、調度品も高級なものを揃えた高級飲食店を開業したとしても、ターゲット顧客が価格に見合う価値を感じてくれなければ当然集客数を確保できません。また集客数の物理的上限もあります。席数がどれだけあるのか、平均滞在時間と回転率がどう見込めるのかが売上高に直結します。空席率が高ければ売上高は伸びませんし、空席単位時間あたりの賃貸料や人件費等の固定費はそのまま経費となり、広告宣伝で固定費をさらにかけて集客を増やそうとしても、商品やサービスに問題があって顧客が来店しないと利益を生まれません。
したがって損益分岐点を意識した集客数、客単価、原価率と固定費額の計画と結果のマネジメントで収益性の勝負がつきます。その4つの指標で経営者としてどれが一番大事だと思われますでしょうか。またどれが一番取り組みやすいでしょうか。
集客が一番重要であることは間違いないのですが、問題は来店するかどうかを決めるのはお客様である点です。経営者自身が決められません。客単価の設定も買うかどうかを決めるのはお客様です。コストが上がったからという理由で商品価格の値上げに踏み切ったとき、それを受け入れて購入するかどうかを決めるのはお客様です。つまり売上高目標を立てたとしても、その売上を達成できるかどうかは全てお客様の評価にかかっているのです。
また粗利を確保できないと販管費などの固定費を賄えません。よって粗利率を確保するため仕入れ原価の低減を図るべく値下げ交渉したとしても、最終的に調達先が値下げに合意してくれるか、もしくはもっと価格の安い材料調達先を確保することができないと原価率は下がりません。つまり原価率も経営者だけでは決められないのです。
一方、固定費については、何にどれだけの経費をかけるかどうかは自社で決めることができます。どれだけ内装にお金をかけるか、どこに立地するか、どれだけ人件費をかけるか、どういった調度品や設備投資を行うか、またどれだけ在庫を持つかなど、これら固定費をどうかけるかは全て経営者の判断次第です。最大の売上と利益を確保するために多ければ良いというものではありません。投資額が大きいと損益分岐点を下回る売上が長期間続くと一気にキャッシュが枯渇してしまいます。したがって常に損益分岐点を念頭に最適かつリスクを最小化する目標を実現することが求められます。
特に設備投資など借入金や自己資金で投資した初期の固定費投資は、減価償却費として何年かに分けて経費計上されることで投資回収していくわけなので、もし固定費額を抑えて同じ売上が確保できるのであれば、その抑えた固定費額はそのまま増益につながります。また、売上増や利益に貢献しない従業員を抱えている場合、その人件費はそのまま利益減になっていると考えられますので、固定費額のマネジメントがいかに収益性に直結するか、特に飲食店業においては廃業撤退するかどうかの帰趨を決めるといっても過言ではありません。
立派な本社ビルを建てると経営が傾く
一般企業でよく言われるジンクスがあります。それは業績が好調で、社長が在任中のレガシーとして立派な本社ビルを新築すると経営が傾くというものです。全て当たっているとは言えないと思いますが、ある意味なるほどと思える見方であります。
立派な本社ビルを建てる目的とは何でしょうか。業容拡大で本社部門が手狭になったからとか、重要取引先との商談や接待の必要性、業容立派なビルで働くことで従業員のモチベーションが高まるというようなプラス面もないとは言えません。ただ、ほとんどの場合無駄な固定費投資ではないでしょうか。
いかなる企業であっても、本社という管理部門は単なるコストセンターです。企業活動において付加価値を生む現場とは工場であり研究所や営業拠点です。顧客や取引先との接点に関わらないところは、極力固定費をかけるべきではありません。お客様をお迎えする玄関や応接室などはある程度コストをかける必要はありますが、内部の管理部門は古いビルの活用で十分ですし、まして自社ビルでなく賃貸オフィスか在宅でも機能します。
一部立派な自社の本社ビルを所有している企業がありますが、特に製造業の多くでは、本社部門を工場の一部に設置したり、低層の質素なビルに入居しているものです。本社が見栄を張ってビルを建てる余裕があるのなら、成長発展のための研究開発や設備投資に回すべきですし、それをやっているかどうかを見るだけで将来経営が傾くか成長するかがわかるものです。
企業の規模に限らず、経営者や役員が高級な社用車に乗っていたり、立派な社長室で従業員を直接触れ合わずに仕事をしている経営者を見ると、この会社の将来は知れたものと思うのです。