飲食業が生き残るためのヒント
今、飲食業界は大変な苦境下にあります。非常事態宣言が解除されたとはいえ、時間短縮の要請は続いており、支援金の支給も遅れていることで日々の資金繰りにもお困りのことでしょう。街の様子を見ている限り、結構な数の飲食店が閉鎖して新たな店舗がオープンしているようです。つまり業界全体が衰退しているというよりも、時代とともに入れ替わっていく変化を感じます。
それではどういった飲食店が生き残っていくのでしょうか。
全て共通の要素だとは思いませんが、自宅近くのレストランの事例を紹介したいと思います。
ベーカリーレストラン「サンマルク」が活況を示している理由
自宅がある兵庫県川西市に「サンマルク」というベーカリーレストランがあります。川西市はいわゆる大阪近郊のベッドタウンとして比較的家族層が多く住んでいる地域です。その割にはファミリーレストランの数が少なく、回転すしや餃子の王将などロードサイドにある飲食チェーンレストランも、このコロナの状況にあっても結構どこも賑わっています。
今回ご紹介したい「サンマルク」はその中でも際立って集客が多いということもないのですが、いつもほとんど予約客で埋まっており、短縮営業の状況にあってもコンスタントに客を集めているといっても良いのではないかと思います。私も度々利用させていただいているのですが、このレストランが活況を示している理由から、今後飲食店が生き残るヒントが隠されているように感じます。
郊外型レストランではあるのですが、いわゆる通常思い浮かぶファミレスではありません。このレストランはコース料理がメインです。しかも「ベーカリーレストラン」というように、売りは「パン」です。料理そのものは超高級ではないのですが、それが主役ではなくてあくまで自家製の焼きたての美味しいパンを楽しむための料理という位置づけです。パンは食べ放題で、パンが焼けると各テーブルまでバスケットに入れて持ってきてくれます。
コース料理もスープ、サラダ、メイン料理、デザートとドリンク飲み放題で2千数百円から4千円台までというレンジで、高級レストランというカテゴリーではありません。一方、店舗の雰囲気は高級感のある調度品を使っており、クリスマスのような夜間照明やピアノの生演奏などで落ち着いた雰囲気を提供しています。
美味しいパンを好きなだけ食べられてコースディナーを楽しめる、しかも比較的リーゾナブルな価格ということから、一戸建てのベッドタウンに住んでいるファミリー層をターゲットにしたレストランの料理と店舗の雰囲気という、ターゲットマーケティングの基本を押さえた展開であることが成功の要因の一つです。
すごいのは徹底したCRMの差別化
飲食店が集客に成功するには、まずは誰にも負けない料理の中身であり、こだわりの素材と美味しさだと信じているレストラン経営者が多いと思います。確かに提供する料理の売りは大切です。「サンマルク」ではパンが売りです。しかしそれだけで飲食店が生き残るのは大変厳しい時代です。
ターゲット顧客に合わせた立地、価格帯、メニューコンセプト、店舗づくりといった差別化ポジショニングに基づくターゲットマーケティングを実践できて初めてスタートラインに立てると思います。
ただ、それだけでも不十分です。競合に打ち勝つにはリピーターの確保、つまり顧客の囲い込みを実現する顧客関係性の取組みが必要です。「サンマルク」は明らかに他のレストランとは違っています。顧客関係性を確立するCRMなしには、おそらく「サンマルク」はここまで集客できていないと思います。
トップ写真は「サンマルク」から送られてきたDMです。他の飲食店でもアンケートをとっているところも多いと思います。当然料理はどうだったか、接客はどうだったか、細かいアンケートが伝票とともにおかれています。そのアンケートには、記載するかどうかは自由なのですが、特典案内を送るための連絡先とともに「誕生日」と「結婚記念日」を記載する欄があります。
もうお分かりだと思いますが、トップ写真のようなDMが誕生日月と結婚記念日の月に送られてくるのです。もちろんこのDMを持参すると割引価格で料理が提供されるだけでなく、お祝いされるお誕生日の人には特別のプレゼントがあるのです。こういうDMを貰うとせっかくだから誕生日のお祝いを家族そろってレストランで食事しようかという思いをくすぐられるのです。実にうまいCRMのやり方です。
しかも予約した席のプレートにはHAPPY BIRTHDAYデザインのものが敷かれていますし、メニューも誕生日ディナー専用のものが用意されてローソク付のデザートも出されます。さらにその誕生日ディナーも料理のチョイスが細かく、多くの価格帯でコースが提供されています。
実際よくこのレストランを利用するのですが、ほとんどの客が家族連れです。ただファミレスのような小さい子供たちが主役の客層ではなく、コース料理を楽しめる中高生以上や若いご夫婦、老夫婦などの層が中心です。よくよく見るとほぼ三分の二ぐらいの客がお誕生日コースでの選択をされているのです。いつもだいたいこのような客層の構成です。
つまり、このレストランは客の三分の二を大人のリピーターで確保しており、それを呼び込むためにターゲット層を明確に絞っており、DMによってリピーターとして顧客関係を高めることに成功しているのです。いまさらDMというアナログかと感じられるかも知れませんが、もちろんアプリ会員の取組みもやっていますが、アプリだけではなかなか来店動機にはつながりにくいと思います。
このDMを受け取られたらどう感じますでしょうか。何か楽しそうな家族揃ってのディナーの時間を想像できませんか?
飲食店の経営者にどうしてもお伝えしたいことがここにあります。「お客様に自信のある美味しい料理を楽しんでもらいたい」という思いで飲食店をやっているだけでは不十分と感じましょう。お客様は飲食店に何を求めているのか、ここまで考えを巡らせておられるでしょうか。何も「食べる」ためだけに来店しているわけではありません。飲食店での体験すべてに価値評価をしています。料理だけでなく接客サービスも、店の雰囲気も、調度品の快適性も、清潔さも、そして店と客との関係性すべてが「飲食店で過ごす時間価値」の満足感につながるような飲食店を実現してこそ、この厳しい経営環境で生き残れるヒントがあると思うのです。
お客様の家族の誕生日に合わせたDM、これって案外心に刺さるものですよ。