日本企業にとってのベトナム事業のリスクマネジメント
ベトナムは、アジアにおいて急速に発展している市場の一つであり、多くの日本企業が進出を検討しています。しかし、新しい市場への進出には様々なリスクが伴います。ベトナム事業におけるリスクマネジメントに焦点を当て、成功するための戦略的アプローチについて考察したいと思います。
1. 政治・法律リスク
ベトナムの政治情勢は比較的安定していますが、法律や規制の運用で予測のできない事態に直面することがあります。日本以上に縦割り行政の仕組みであることからの問題が多いのが実態で、法律で決められていないようなことでも規制当局の主観的な判断で規制運用されることがあります。特にベトナムに進出した日本企業の頭を悩ますのが公務員による賄賂要求です。もちろん賄賂はベトナムでも違法ですし、日本国内法でも外国での賄賂行為は不正競争防止法違反に問われます。ただ賄賂の定義は日本国内とベトナムでは異なることに留意する必要があります。事前に国内の法律を理解し、信頼性のある海外展開アドバイザーや現地での弁護士を活用することが重要です。また、政府との良好な関係構築もビジネスの成功に寄与します。賄賂を要求されるのではないかと、現地の地方政府や管理当局とはできる限り近づきたくないと考える経営者もいるようですが、むしろベトナムでは政府機関とのコミュニケーションをうまく行うことが重要です。
2. 人材確保とトレーニング
ベトナムの労働市場は拡大していますが、優れた人材の確保と育成は課題です。特に、昨今の中国の政治経済リスクが顕在化していることで、外資が中国から撤退しベトナムを始めとする東南アジアに展開する動きが顕著です。そのため、ベトナム人の優秀な人材、とりわけ管理部門の人材の奪い合いが激しくなりつつあり、人件費の上昇傾向が加速しています。日本企業がベトナム人の育成によって競争優位性を確保するためには、言語や文化の違いを理解し、現地の従業員に対する研修に力を入れることが、効果的な人材管理の鍵です。
3. 金融リスク
通貨変動や金融市場の不安定性は、ベトナム進出企業にとって重要なリスクです。中小企業のベトナム子会社の資金は親会社のメインバンクを通じた親子ローンなどで運営されているところが多いですが、日本円だけで現地法人の経営はできません。仕入れや人件費など運転資金の過半は現地通貨が基本ですので、通貨変動で収益性は大きく上下しますし、現地通貨借入金利は高いです。ヘッジ戦略を検討し、地元の金融機関とのパートナーシップを築くことで、金融リスクを最小限に抑える取組みが必要です。
4. サプライチェーンリスク
グローバルサプライチェーンの一環として、ベトナムでの製造や調達が進む中、サプライチェーンのリスクが増加しています。適切なリスク分析と予測を行い、複数のサプライヤーとの協力を強化することが重要です。一時期サプライチェーンの強靭化として日本生産回帰が叫ばれたことがありますが、日本生産回帰は労働力不足と国内需要の低下に直面するリスクが大きいとみています。サプライチェーンリスクを低減する方向性は、調達チャンネルの多様化、複合化にあると考えます。特に今までの日本の中小企業のサプライチェーンは中国に依存しすぎていました。中国のサプライチェーンリスクは需給関係で選択していては極めて危険な状況になっています。政治的不安定さを考えた場合、いかにして中国に依存しないサプライチェーンを構築し、市場開発できるかが喫緊の課題です。その点でベトナムはサプライチェーンリスクを低減させる中核的な位置づけになってきましたが、ベトナムだけに依存することも非常に危険であろうと思います。
5. 地元コミュニケーションとCSR
地元社会との円滑なコミュニケーションは、信頼関係の構築に不可欠です。また、企業の社会的責任（CSR）活動を通じて、地域社会に貢献することが、企業イメージの向上と安定的な事業展開に不可欠です。地域住民や従業員は外資企業を冷静に見極めています。単に新規市場を求め、生産販売コストを下げて利益のためにベトナムに展開するだけで、税金さえ納めれば社会的責任を果たしているというだけでは不十分です。事業を通じて、また事業以外の面でもベトナムの社会課題解決に資する経営を行っているか、それをどう社会に発信しているかといった取組みは重要です。海外展開におけるＣＳＲ経営についてもっと深く考え続けることによって、国・社会から受け入れられる企業として評価されると思うのです。
結論
ベトナムへの進出は大きな機会を提供しますが、同時に様々なリスクも伴います。成功するためには、事前のリスク評価と戦略的なリスクマネジメントが不可欠です。海外展開支援の専門家と連携し、継続的なモニタリングを通じて変化に対応する柔軟性を持つことが、ベトナム事業の長期的な成功の鍵です。
