ベトナム・日本企業 間違いだらけの人事労務あるある【昇給と昇格】
ベトナムに進出した日本企業の収益が上がらない理由の一つに、間違った現地法人の人事労務マネジメントがあります。日本本社からはなかなかわからない部分で、現地出向責任者に任せきりにしているために起こる諸問題が山積しているのが普通です。現地法人経営で日常起きる問題の8割以上が人に関するものに起因しています。日本人の現地出向責任者も海外での人事労務マネジメントについては、大企業であったとしてもほとんど指導者として事前に教育訓練を受けていません。まして中小企業に至っては社長自身もよくわかっておらず、とにかく管理職の中から仕事ができる人材を選抜して送り込むので精一杯です。マネージメントの教育訓練ができていない人材で現地法人を経営してもなかなかうまくいきません。その結果、極めて属人的なやり方で現地社員を採用し、しかも言葉や文化、価値観が異なる現地人材を指導、教育訓練して、経営の現地化を達成することは非常にハードルが高いのです。社長や前任者自らが後任の責任者をきっちりOJTで指導するとともに、基本的な経営スキルを獲得させるスキルアップ研修を体系的に実施して初めて、海外法人のステップアップが可能となってくるのです。
間違いだらけの海外法人従業員の昇給と昇格
1)ベトナムでの賃金テーブル
海外法人における人事労務の基本にあるのはもちろん現地従業員の採用と評価・給与管理そして人材育成です。これは日本でも同様に重要管理項目となりますが、注意すべきことは日本と全く同じ感覚でやると失敗するということです。特に重要なのは「昇給」と「昇格」に関する考え方です。そもそも賃金体系が違いますし、従業員採用においても社内の画一的な格付けと連動するような賃金テーブルでは全く通用しません。場合によっては、日本人出向責任者の給与よりも高くしないと現地人管理職を採用できないこともあるのです。欧米や香港、シンガポールでは既に当然のことになっています。
ベトナムのような新興国では賃金上昇率が日本より遥かに高く、日本では賃金テーブルの改定はいわゆる「ベースアップ(ベア)」として年に1回しかも2000円前後という感覚でしか考えたことがない現地責任者にとっては、給与管理は非常に難しいマネジメントの一つになります。
しかも、マネージャーやAGM、GMといった職責別の賃金テーブルというのも、社内で統一基準とするのも難しく、職種によってテーブルを変えなくては採用相場には追随できません。つまり人が採れないのです。またこのテーブルが日本のように年一回の改定では通用せず、いわゆる労働者市場の相場によって常に上に変動しているのです。
これによって多くの企業では、労働者の流動性が高いところでは、退職率が高く常に退職者の補充人材を採用することが大変です。採用募集して応募があるかどうかも問題ですが、良い人をどう見極めることができるか、なかなか日本から赴任して経験があまりない経営責任者にとって、面談で押さえるべきポイントもあまりわかっていない方も多いのが実態です。どうしても日本人としての感覚で採用して失敗している企業も散見されます。日本企業に応募してくるマネージャークラスの人材には、日本企業での勤務経験者が多く集まることから、ある意味、日本人の経営責任者が喜ぶ面談での答え方に長けた人が多いのです。
私が新規に法人設立するための人事総務責任者を採用する企業の面談に立ち会ったことがありました。最終、AとBという二人が最終面談で残り、私は総合的評価もさることながら、ベトナムでのマネジメント職歴からもBが良いのではと推奨しましたが、日本から来られた責任者のお二人とも、日本の大手企業のベトナム法人で人事総務課長をされていたAにしたいといわれました。私自身は少し引っかかるところがあったのですが、最終の決定は企業様がされますのでそのままAで仮決定されました。そこでその決定を尊重しつつ、人材紹介会社とも話をして、Aのリファレンスを取ったうえで最終決定するようにお奨めしました。結果は、リファレンスを取ったことが正解でした。私が引っかかったのは、その大手企業の法人で10年以上の勤務経験がある人事総務のアシスタントマネージャーということでした。普通、私の経験からも日本企業で10年以上の人事総務で仕事をしている人で、マネジメント能力が十分な人材は大抵マネージャーかそれ以上の職責に昇進しています。10年も勤務してマネージャーになれない人材には何かあるとピンときたのです。やはり問題があったいわゆる「地雷」人材でした。結局、その企業はBを採用されてその後うまく法人を立ち上げられたのです。
2)間違いだらけの昇給と昇格マネジメント
このように賃金と職責との関係は非常に微妙な相互関係にあります。賃金テーブルが常に動くことによって、ある人が退職してその補充人材を募集するときには、辞めた人と同じ職責の人を採用しようとしても、同じ賃金では来てくれないのです。時には査定幅上限を超えても採用できないので、賃金テーブルを変更しなければなりません。さらにややこしい問題は、辞めた人と同じ職責で働いている他の従業員とのバランスが取れなくなってくることです。新興国といえども、物価上昇率を考えると基本は昇給は年に1回のみです。例えばある$1000のマネージャーが昇給月後すぐに退職してしまい、その後補充採用した人に$1200の給与を払うことになったとき、今まで働いている他のマネージャーが$1000だった場合、新人の給与の方が高くなるため、ほぼ1年後の次回の給与改定時まで不満が残りモチベーションにも影響が出ます。
給与だけがモチベーションの源ではないのですが、新興国においては日本人が考える以上に給与については非常にセンシティブです。だれがいくらの賃金をもらっているかというのは、給与改定日の次の日には全員筒抜けになっています。それは給与=社内での評価に直結しているからです。同じマネージャーでも$1000のマネージャーと$1050のマネージャーは、社内では明確に社内での「序列」の違いとなるのがベトナム人社会の感覚であることを理解しなければならないのです。
もちろんこの序列は、職責、つまりタイトルが優先します。「マネージャー」と「AGM」「GM」は社内での序列そのものですし、上位タイトルの方が給与が高いだけでなく、権限が大きいことを意味します。しかもこのタイトルは、社内だけでなく転職市場、外部でも有効となる社会的格付けとして、その人の能力の高さを端的に表すものとなります。したがって、現地従業員は「昇格」に非常にこだわります。「昇給」よりも「昇格」の方がモチベーションを高める効果が大です。ところがこれは非常に気をつけなければなりません。賃金テーブルの変動に従って、仕事のパフォーマンスの低い新しい社員の方が、以前から長年勤務している同じタイトルの社員よりも給与が高くなる現象を是正する手段として、昇格を利用して一気に給与を是正するすることが見かけられます。その人が本当に自他ともに認める上位職責にふさわしい人材であれば問題ありませんが、給与補填の手段としてしまうと様々な社内的軋轢を生じます。タイトルが社内序列の象徴であることを考えると、時にはそれが不満となって新たに退職していく人が増える原因となります。特にマネージャー層などキーパーソンが退職するきっかけとなって、企業経営そのものがガタガタになった事例がいくつもあるのです。
しかも、せっかく昇格させてモチベーションを高めたつもりでも、昇格が本人自身の転職動機となることもある点にも注意が必要です。仕事ができる人を処遇するために昇格してもらい、さらに高度な仕事をやってもらうというのは当然のことです。しかし、特に新興国では昇格を踏み台にして自分自身の社会的格付けのアップのために転職していくリスクがあるのです。もし、今まで主任の仕事をやってもらっていた人をアシスタントマネージャーに昇格させると、本人は社外的にもその職責を担う能力があると見なされ履歴書に箔がつきます。その時点で他の会社にマネージャーの仕事を遂行できる人材だと売り込み、ステップアップして転職していくのがごく一般的です。転職を機に自分の社会的ポジションを上げていけるのです。だからといって、辞めてほしくない人材が転職しなように、実力があるのにいつまでも昇格させないと、それが不満で退職してくことにもつながります。日本とは全く違います。果たして日本企業の責任者は十分なマネジメント能力を身につけて赴任しているのでしょうか。
貧弱な教育訓練投資ではアフターコロナ時代のグローバル競争には勝てない
労働流動性の低い日本では昇給率も非常に低く(労働生産性が低い)、転職率も高くありません。その結果、日本では「昇給」「昇格」は従業員自身にとっては関心事であったとしても、経営者から見ればモチベーションを高める手法の一つとしてしか考えていないことが多いのが実態ではないでしょうか。昇給率も転職率も低い日本企業の文化として、多くの経営者が「経営は人が大事」とは言いながらもパフォーマンスを高めるための人材育成の教育訓練投資は極めて低い状況です。ちなみに日本企業が教育訓練費に支出しているのは対売上のわずか0.1%で、アメリカ企業の20分の1なのです。後継者を育成する必要性は感じつつも、直接的な教育訓練の機会を十分に与える投資もせず、「上司によるOJT指導で人材育成」によって総合的なマネジメントを仕事を通じて学ばせることで十分と考えるということは、経営者としての投資責任を管理職の仕事に押し付けているに過ぎません。OJT指導もスキルアップ研修も体系化されておらず全くの場当たり的な教育訓練では、到底海外事業展開を軸にグローバル競争を勝ち抜くことはまず不可能になります。
私自身の経験からしても、大企業では体系的な人材育成研修のプログラムはあります。しかし、実際のところ海外勤務の期間が長く、どちらかと言いますと海外勤務者に対する研修というのは、現地での情報セキュリティ研修やコンプライアンス研修であったり、極めて実務的な研修ばかりでした。マネジメント能力のスキルアップについては、現場で学べという感じでしたし、ほとんどは自己研鑽が主体でした。診断士も英検も簿記もいろいろ資格を取りましたが、それらは会社として用意した研修体系ではなく、あくまで自己啓発と自分自身のセカンドライフのための自己投資でした。
コロナショックを機に世の中はさらに激変が加速します。個人ベースのスキルアップだけで企業は生き残っていけるのでしょうか。実際のところ、今後企業にとっても個人にとっても、変化していかなければサバイバルできない根幹のデジタルトランスフォーメーション(DX)の基本知識とスキルアップを企業として、真剣に教育訓練しようとしているのでしょうか。OJTに任せっきりの企業がグローバル競争に勝てるとは思えないのです。パソコンが操作できるとか、テレワークでTV会議ができるとかいうレベルでは悲惨な状況に陥ります。OJTで「AI」「5G」「IoT」「クラウド」「VR/AR」「3Dプリンター」といったDXの基幹テクノロジーがどう企業経営を根底から揺さぶるかを見通し、部下に語れる上司がいったいどれだけいるのでしょうか?
DXによって激変するアフターコロナ時代にあって、基幹テクノロジーを理解できず、価値観の変化に対応できない管理職は早く退場するべきです。役に立たない上司にOJTの役割を与えるだけで、外部リソースを取り込んでテクノロジーマネジメントとグローバルマネジメントのスキルアップのための人材育成に投資する気がない企業経営者も、同様に存在価値がなくなっていくのではないでしょうか。