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サムソンのベトナム事業拡大の影響に警戒せよ

私がベトナムで勤務していた2010年から2013年の間に、サムソンはハノイ近郊に携帯電話の一大製造拠点を作り上げていました。そのときからベトナム政府に単独で極端な優遇措置を要求し、空港にサムソン専用の貨物ターミナルを作らせたり、会社内に税関を置かせたりといった特別に便宜をベトナム政府に実現させていました。もちろん土地使用権や法人所得税の免税など、巨額投資であらゆる優遇な条件を引き出していたのです。日本企業にとっては、直接携帯電話事業でバッティングすることもなかった(そのときはすでに大きく引き離されていて事実上海外の携帯電話事業は撤退していた)ため、サムソンの動きは横目で見るぐらいで、従業員を大量に採用することによる影響は、近隣の工場団地に進出している中小の日系企業の採用が厳しくなっていたというものでした。

その後さらにサムソンはベトナムの携帯電話事業を拡大し、第二工場を隣の省に展開する一方、中国での事業不振や米国輸出への対応から、ベトナムへの一極集中体制が強化されてきました。ベトナムにとっても、サムソンの携帯電話事業は輸出を牽引する主要業種に躍り出ることになりました。2013年からはベトナムにとって衣料品を超えて最大の輸出製品となり、サムスンはベトナムの輸出総額のうち、2015年時点で20%、2016年時点で22.7%を占めるまでになったのです。

さらに2016年にサムスングループは、R&Dに127億ドルを投じ、サムスンブリーフィングセンター「EBC」を正式に立ち上げたことで、東南アジアで最大のエンタープライズソリューションセンターが完成させたのです。

現在、日本企業のベトナム展開において、携帯電話関連で出ている企業は非常に少ない状況です。一部サムソンの携帯向けに部品を供給している企業が展開している実績はありますが、日本企業向けではないのでそう目立ちません。

正直、ベトナムの日本人商工会議所に韓国メーカーの事業拡大による影響が話題になることはほとんどないといっても良いでしょう。しかし、最近の急拡大に伴って、今後日本企業にも大きな影響がでてくると考えられます。

技術人材が根こそぎ囲い込まれる

2014年にベトナム政府が出した工業化戦略の中で、2020年までにGDPに占めるハイテク産業の比率を45%にするという目標がありました。まさしくサムソンの携帯電話事業はその牽引役としての役割を担っているのです。サムソンが携帯電話をベトナムに集中させるにつれて、韓国の多くの携帯関連部品企業がベトナムに進出しています。ベトナム経済も韓国からの投資拡大に大きく依存する構造が強まっているのです。

ところは一方日本企業はどうなっているのでしょうか。2018年の対ベトナム直接投資は、新規投資では日本の429件に対して韓国は1043件、拡張追加投資では日本は201件で韓国は403件にのぼります。ほぼ倍以上の規模で大差がついています。しかも日本は2017年から2019年では新規・拡張ともにほぼ横ばいの件数なのです。ただ、投資金額で見ると、大型プラント案件などの影響で日本の構成比は3割以上を占めていますが、韓国そして中国・香港からの直接投資比率が拡大しているのは実態で、2019年度の最新の情勢では、日本の投資は4位まで落ちているといわれています。

これはあくまで私自身が感じる空気感ですが、今までベトナム政府も日本との連携を第一に考えてくれていたのが変化しているのです。サムソンによるベトナム経済への貢献は誰の目から見ても明確になってきており、輸出の2割以上がサムソンの携帯で、それによって長年どうしようもなかった貿易赤字構造が黒字転換し、外貨準備高も上がってきているのです。これについては、日本企業の今までの貢献が正直負けているのは事実であり、サムソンの優遇措置要望に対して、ベトナム政府としても言うことをきかざるを得ないというのは理解できる範囲です。

しかし、あまりにも行き過ぎると、日本企業にとってもマイナスの影響が無視できなくなります。ここらあたりで何らかの歯止めについて声をあげていかないと、日本企業に対する不当な差別政策につながりかねません。また、R&D機能の充実強化自体には反対はできませんが、せっかく日本企業としても支援してきた教育貢献の取り組みも、結局育った高度人材を根こそぎサムソンが採用してしまう懸念が強くなってきたと感じるのです。

サムソンの優遇要望は不公平感と人材不足を招く

サムソンは今、新たにハノイ市内で大規模なR&Dセンターの開設を計画しています。今回の研究施設を、東南アジア地域で最先端のR&Dセンターにする目標を掲げており、1万1600平方メートルの用地に、3000人が働くことができる16階建てのビルを建設する計画です。2020年初旬に建設工事の開始を予定しています。

ハノイ市内で3000人規模の技術者を採用するということになりますと、日本企業は相当影響を受けることは確かです。大体サムスンは賃金相場を無視して、給与で根こそぎ引き抜きをして人材採用をかけてきました。また、R&D拠点に対して輸入税などの免除が受けられる輸出加工企業(EPE)に認定することを要請したり、電気代や土地使用権の条件で、財政的な優遇措置なども求めているとのことです。

またサムスンは必要な場合に、R&Dセンターの目的を変更することや、第三者に建物や関連する土地の使用権を移転することを認めるよう主張しているといいます。計画投資省は、EPEの認定を含め優遇措置は認めたようですが、プロジェクトの目的変更の際に使用権の移転を自由にすることについては難色を示しているようです。

これほど技術人材を根こそぎ引き抜かれ、サムソンのみに適用する優遇措置が拡大していくと、日本企業の事業活動に対して不公平感が生まれますし、この影響は日本企業に対してだけではなく、ローカル企業の経営にもマイナスとなると思われます。

本来は、日本も事業拡大が大きければ有利な条件についての要望を出せるところでしょうが、昨今の日本企業による投資は、流通など消費者市場向けの小規模企業が主体となってきているため、ベトナム経済の発展に直接影響を及ぼすレベルではなくなりつつあります。それだけに、今後はベトナム商工会議所や大使館、JICAなど官民一体となった政策提言や政府との関係強化の取り組みが一層望まれると思われます。