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ベトナムIT産業のこれから

私がベトナム勤務となった今から約10年前の頃、IT系の人材を探すのが大変でした。良い人事総務系のマネージャーを確保するのも難しい経営課題でしたが、情報システム系の人材の層はさらに薄く、まして責任者ともなれば日本人の出向役員の現地給与以上の待遇でないと確保できませんでした。

当時もIT系人材輩出の絶対数が少なく、技術系ではハノイ工科大学といった特定の技術系大卒にリソースが限られていました。製造系の現場技術エンジニアであれば、ある程度職業系訓練校卒の人材を現場教育で何とか対応できるのですが、開発技術部門や情報システム部門の人材は、技術系高度人材としてレベルの高い専門人材が必要なのですが、数、質ともに不足していました。

ちょうど10年前前後のあたりから、ベトナムではオフショアの開発拠点として多くの企業が生まれてきました。日本企業も技術開発やプログラミングの効率化、コストダウンを図るために、委託開発先として海外のオフショア開発会社に委託を広げ、当初は日本語が通じる中国の大連で事業を拡大し、その後フィリピンやベトナムでも広がっていきました。ローカルのIT開発会社だけでなく、日系のIT開発受託会社や社内分社としての現地開発会社の設立にも拍車がかかってきたのです。

当初から人材が不足し、給与レベルの上昇も高かったのですが、そもそもベトナムのIT系の高等教育機関の整備は不十分でした。技術系のIT人材の奪い合いで人件費が高騰するため、転職動機も高く、経験や知識が不十分な人材が多かったようです。ベトナムのIT系大卒のレベルは日本の高専卒程度で、社内で教育しないと使えない人材も多いだけでなく、育てたらすぐに転職してしまうとぼやいていた企業責任者の方も多かったと覚えています。

そういった環境にありながらも、この10年、ベトナムのIT産業は拡大の一途を遂げてきました。質の面でも今やベトナムで最大のIT開発会社として有名なFPTが、単に事業を拡大してきたということではなく、教育機関の不足を補うべく、FPT大学という企業大学を設立し、そこでIT人材を育て、自社に就職させるだけでなく、ベトナムのIT産業へのIT人材輩出のコアな教育拠点として社会的責任を果たしてきた会社だと思います。

さらに深刻化するベトナムでのIT人材不足

日本企業にとってはITのオフショア拠点として、ベトナムは日本のIT人材不足の受け皿として役割を果たしてきました。まさしく両国は、IT分野においてもベトナムの産業基盤が発展し、日本企業の人材不足を補完する意味でも、お互いWIN-WINの関係であったと思います。

しかし、ベトナムの産業発展は、モノづくり産業の基盤としてのITから、ハイテクと金融サービスが融合したフィンテック企業や、日本より先行しているGRABタクシーなどの配車サービス、オンラインサービス、電子商取引などIT系サービスが加速度的に発展、変化してきています。こういった新興産業は、ITエンジニアをどれだけ確保できるかが企業競争力の差別化と直結します。

それに伴い、現在のベトナムでのITエンジニアの不足は日々深刻化しています。新興のIT系サービス企業が急増し、さらに過去から投資してきていた日系を含む外資系企業も、ベトナム現地での研究開発部門の設立、強化に力を入れていることから、IT人材、特にマネジメント能力があるITエンジニアの絶対的不足は中途半端ではない状況です。ベトナムのメディアによると、2020年には40万人のIT人材が必要となるも、約10万人が不足するという調査結果も報告されているとのことです。教育訓練省のデータでも、IT関連の卒業生は年間5万人程度しかおらず、そのうち即戦力となる能力を持っているは3割程度に留まるとのことから、新規に使える人材輩出は1万5千人ぐらいしか育成されていないという寒い実態があります。

つまり、今まで発展してきていたベトナムのIT産業ですが、高度人材輩出の絶対的不足によって、産業拡大のスピードが鈍る可能性が極めて高いと見ています。発展途上国が成長発展を成し遂げるには、日本を含む先進国からのODAなどの支援が大変有効で歓迎されていますが、お金よりも大事な支援は人材育成なのです。

ベトナムでは10年前に日本からのODA支援をテコに新幹線を建設することが議論され、最終的に国家予算の何倍もの投資はできないということで国会で否決されました。当時は新幹線よりまずは都市交通が先だろうという印象を持っていましたし、それは当然の結論だったと思います。ところが、最近また政府内で新幹線建設の議論がされているようです。運輸省による5兆8000億円という投資見積もりの大きさもさることながら、350キロという設計速度の新幹線を導入する高速走行の技術力があるのか、安全運航をささえる技術人材に不安があるということから否定的な議論のようです。お金の問題は一番の障害ですが、ベトナムではまだまだ人材育成が追いついていない、もっと先にやらねばならないことは山積していると政府は十分に認識しています。

ベトナムのIT人材の絶対数不足は、教育体制から取り組むべき長期的国家課題です。どこからか他の国から持ってこれるようなものではありません。解決には時間がかかります。ベトナムでのIT人材不足は、経済発展のブレーキになることは間違いないところでしょう。ただ、人の数はいるので、日本企業でも国からでも教育機関の取組み強化への支援、教育カリキュラムへの貢献分野は広いと思われます。FPTのようなことはできないと思いますが、何らかの形で企業によるIT人材輩出での支援提案はできるのではないかと思うのです。今までベトナムの国や大学が育てた人材を採用して事業をさせていただいてきたわけです。企業自身がやれることは何か、今一度立ち止まって考えたいものです。

お金よりも人をどう育て次世代に引き継ぐことができるか、これこそ国家発展の礎になると改めて感じるのです。