サービス業の戦略フレームからみる吉本興業の問題点
最近、吉本興業のお笑い芸人が反社会団体からの闇営業で報酬を受け取った問題が大きく取り沙汰されています。芸人側が謝罪会見をどうするかで会社側と意思疎通の問題が起き、昨日の吉本興業の社長による会見でパワハラの問題がよりクローズアップされてしまい、何か会社がとんでもない不祥事を起こして、経営者が責任を取るべきだというような筋違いの問題に発展しています。芸人が可愛そうだ、芸人の生活を保障できないような経営が問題だと芸人同志がかばい合って、会社の経営者を吊し上げるようなコメントを聞いていると何かおかしいのではないかと感じます。
そもそも本来この問題が起きた根本原因は不祥事を起こした芸人自身が嘘をついたことにあります。ここは絶対に踏み外してはいけない点です。芸人が処罰を受けるのは会社組織としては当然のことです。確かにパワハラに近い言動があったことは事実でしょうが、それを理由に一日で契約解除の処分を撤回するということが前例となると、今後会社組織としてはもたなくなります。しかし、私自身はパワハラを肯定しているわけではありません。吉本興業が会社として反社会集団と法人取引して芸人を送り込んだのではなく、むしろ一芸人の不適切な行動によって、被害者や社会、そして会社の経営に甚大なる迷惑と損害をかけた事実に違いはありません。会社はむしろ被害者です。いったん金は貰っていないという言葉を信じて会社として公表したのに、あとになってもらってましたと言われると、会社としての信用はガタガタになります。そのため謝罪会見そのものを会社としてマネージせずに芸人が勝手に謝罪会見を開くことを許すとさらに問題が噴出する可能性があります。確かに、社長の会見は言い訳じみた内容が多くて、批判されるべきであるというのも理解できなくはありません。しかし、今回の闇営業の問題を棚上げして、吉本興業の会社批判や社長のパワハラに問題が集中し、芸人が公共の電波を使って社長批判を発信すること自体常識を疑うのです。
吉本興業が提供している顧客価値は「お笑い」というソフトです。今回起きた一連の問題を、いわゆるサービス産業としての戦略フレームから分析してみると様々な課題が見えてきます。
サービス業戦略の三つのマーケティング
サービス業のマーケティングには製造業や流通業とは異なる特殊なマーケティング体系があります。通常のマーケティング戦略は企業対顧客の軸で構築します。その軸にそって4つのPから戦略を構築します。1.Product(製品・サービス要因)、2.Price(価格・費用関連要因)、3.Place(チャネル・流通・立地要因)、4.Promotion(広告・宣伝関連要因)です。いわゆる4P戦略というものです。
ところがサービス業においては、企業対顧客の軸だけでは不十分なのです。提供される価値と対価が見合うものか、需要に対する価値提供がストックできないこと、そして需給関係は価値を提供するCP(コンタクトパーソン:接客要員)の能力ややる気、質の高低に依存されるという側面があります。
つまり、サービス業においては、企業と顧客、そしてCPの三次元のマネジメントが求められるのです。企業と顧客の関係においては「エクスターナルマーケティング」、顧客とCPの関係では「インタラクティブマーケティング」、そして企業とCPでは「インターナルマーケティング」の戦略三本立てが必須となります。
「エクスターナルマーケティング」では提供するサービスの内容そのものの戦略、サービス戦略、そして需給調整戦略といった企業から顧客にどう価値を評価してもらえるかという活動が中心になります。「インタラクティブマーケティング」では接客要員、つまりサービス提供者自身と顧客との関係性構築が中心課題です。そして、「インターナルマーケティング」においては会社としてのサービス提供者に対するインセンティブ、能力開発や教育訓練、業務の標準化などが含まれます。
サービス業の種類によって若干の違いはありますが、この三つのマーケティングバランスをどう取るかで競争優位性の差別化につながります。吉本興業は日本の代表的エンターテイメント会社として、これらのマーケティングそれぞれに秀でていたがゆえに「吉本王国」を築くことができたと思います。ところがそのバランスが崩れつつあるのではないかと感じています。
吉本興業の経営バランスの崩れ
普通、会社は内外から批判に晒されます。吉本興業も過去からいろいろと言われてきたと思いますが、一貫として日本中に「お笑い」の価値を徹底して極めてきた実績とその理念には敬意を感じます。テレビの画像を見てもわかりますが、どんなに超優良企業となったとしても、顧客や芸人を大事にする姿勢は、本社ビルの貧相な古いたたずまいを見ても率直に伝わってきます。
今回の件で、若手芸人だけでなく、ちょっと売れた芸人でさえも、会社の経営陣を批判しています。芸人は社員ではなく、あくまで委託事業者の立場です。嫌ならいつでも辞めれば良いのです。食べていけない、給料が低すぎると批判するのは本末転倒です。「お笑い」のCPは芸人です。しかしサービス業はCPファーストで全て完結するものではないのです。仕事を取ってくるのは会社の責任、仕事がなくて食えないから営業に走る、だからといってそこで犯罪行為に近いことをやって責任は会社も取らなければならないのです。ゆえに三つのバランスをとったマーケティング活動に費用も時間もかかるのです。CPと会社が一体となったところは強いですが、相互に不信感が募ると、結果として顧客は離れていきます。会社を批判しお互いかばい合っている芸人の言動を見て、どれだけの顧客が嫌な思いをしているか、この芸人を見て果たして笑えるでしょうか? このままでは吉本興業の芸人の芸を見ても「おもろない」ようになってしまいます。一方的に批判するのではなく、お笑いを届ける同じファミリーとして、今こそ会社と芸人は一枚岩にならなくてはならないときです。
ではなぜ吉本はこのような事態になってしまったのでしょうか。社長の器というのもいささか問題もあるように思いますが、根本的に今のビジネスモデルを拡大発展させていくには規模的に限界に来ているような印象を持っています。数百人の吉本興業の社員に対して、芸人は何と6000人もいるとのことです。一般社員も含めて、一人の社員あたり10人以上の芸人を抱えていては、とてもインターナルマーケティングができるはずがありません。能力開発、教育訓練の場としてNSCを作ったというのはある意味成功モデルであったと思います。しかし、芸人として円熟したスキル、人間としての成長を図る機関としてはどうでしたでしょうか。コンプライアンス教育にしても、動機付け教育にしても、6000人もの芸人をマネージするには完全にオーバーキャパのような感じがします。
今回の件は起こるべくして起きた問題の一角のようです。経営者を入れ替えたところで問題は解決しません。エンターテイメント業のマネジメント会社として、6000人の芸人を抱えるビジネスモデルはもう破綻していると言っても良いと思います。当然こんな多くの芸人を食べさせるだけの需要など確保できませんし、そうなるとコンプライアンスは行き届かないのは必然です。経営者を批判して辞めたい芸人は辞めれば良いと思いますし、どれだけのスタッフが努力して仕事を取ってきているのか、そこで初めて吉本のブランドを捨てて個人になった芸人の無力さを思い知ることになると思います。その辺の現実を知っているからこそ、大平サブロー氏などは尻馬に乗って経営者を批判している芸人に警鐘を鳴らしているのです。
ではどう改革すれば良いのでしょうか。それは三つのマーケティングバランスが取れるサイズまで縮小する、もしくは分割する以外にはないと思います。数百人のマネジメント会社で6000人の芸人の面倒を見るのは無理でしょう。スタッフ1に対して芸人3ぐらいのレベルまで絞り込まなければ、目が行き届かないでしょう。そうなると、スタッフも真剣に芸人を売り込む営業活動も真剣になるでしょうし、芸人の悩みに寄り添った二人三脚でのきめ細かなマネジメントができるファミリー企業としての原点に戻れるという気がするのです。
これは一般の会社においても同じことが言えると思います。マネジメントバランスが重要であり、組織論においてもスパンオブコントロールといった管理者による適正統制範囲の原則を逸脱するようでは常に問題が頻発してしまうのです。