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儲けを何に使うか

前回のコラムで、自分が稼いだ給料は社会や両親が教育投資してくれたおかげで得ることができた付加価値の対価であることを考えた場合、自分が好きなように使うのではなく、もっと将来還元できるように自分自身に投資するべきであるという主旨のことを伝えました。

これはあくまで個人が得た給料という視点からでしたが、企業という立場から考えた場合どういうことが言えるのでしょうか。もちろん企業が得た利益から税金や雇用という形で社会に還元します。これは個人でも同じことで、収入から税金を納め、雇用ではないですが家族の生活を支える原資となります。企業の場合、同様の理屈で考えますと、社会から労働力をお借りして、かつ他の企業や社会が生み出した資産を部品や設備という形で使わせてもらったからこそ、自社の企業活動を通じて付加価値を生み出すことができて利益を得たということになります。

すなわち、企業はいくら納税後の税引き後の利益であろうと、またそこから出資者に対する配当を差し引いた純利益で次期に繰り越し、累積利益と資本金、そして借入金を含めた総資産をどう使うかについては社会的責任があります。たとえ非上場企業であろうと、上場大会社であろうと、社会からお預かりした資産であって、その資産を現金で保有するのか、それとも将来の付加価値拡大のため、有形無形合わせて投資資産としてどう持っているのか、出資者だけでなく社会全体に開示して納得してもらう責任があります。

大きな内部留保についての誤解

過去のブログで繰り返し述べてきたことですが、「企業の内部留保が増え続けている、企業内部に利益をため込んでいるのではなく、もっと従業員の給料を上げるべきである」という論調がいかにも正しいかのように政党やマスコミだけでなく、いっぱしの評論家もそういった主張を聞くことが多いことにうんざりします。これは簿記を少し勉強したことのある人であれば当たり前の知識なのですが、貸借対照表の剰余金の話と損益計算書に含まれる人件費の話を同列で語っているので誤解を与えるのです。

本来、利益が大きい割には労働者に還元していないという議論は、付加価値額における人件費の割合にあたる労働分配率か、対売上高の人件費率がどうかで論じるべきものです。時系列に上がっているのか下がっているのか、もしくは業界内外での人件費率の比較などが重要です。一般に付加価値額というのは、利益と人件費と減価償却費(または賃借料)の合計で表されるので、利益の大小や人件費総額との比較が容易です。つまり損益計算書の世界での話です。

ところが、内部留保というのは過去からの累積剰余金と同じことですので、内部留保が過去最大というのは、利益を毎年きちんと出し続けている企業であれば当たり前のことであって、内部留保が下がるということは、大赤字を出したということに他なりません。原材料費を払い、人件費を払い、減価償却を計上し、そして税金を払い、配当した後に残った純利益を積み上げたに過ぎないのです。この内部留保は、現金が手元にあるという意味では全くないことを全く理解していない人があまりにも多いのにはあきれます。

貸借対照表の構造を理解すれば一発でわかります。内部留保が積みあがるということは、何もしないとまず貸借対照表の右側下の資本の部の金額が増えます。もしその積みあがった金額すべてで借金を返すことにすると、総資産が変わらずに負債その分減るだけです。つまり自己資本比率が上がることになり、財務的には借金が減るので安定性が増します。一方、借金を減らさずに積みあがった分の内部留保である剰余金をそのままにして何も投資しないと、貸借対照表の左上の現金の金額が増えることになります。

もし、累積剰余金をずっと現金で持っていたということになりますと、何も投資に使っていないことですから、いわゆる利益を現金でため込んでいるという意味になりますので、そこで初めてもっと給与を増やせという議論になるべきものなのです。

つまり剰余金を借金を減らすのに使うのか、もしくは現金以外の投資に使うのか、具体的には将来の事業拡大に向けて新規に設備を購入したり、製品開発にお金をかけたり、他企業を買収したりするなど、経営戦略に基づいて使い道を判断します。内部留保は企業資本の一部と同じことですから、企業が永続的に発展していくためには、多ければ多いほど良いと思います。むしろその使い道の議論が重要です。

人の投資は貸借対照表には出てこない点が重要

ただここで難しいのは人への投資をどう判断するかということです。人件費は損益計算書における販管費の一部ですのであくまで経費です。回りくどい論理になりますが、剰余金を現金としてため込まずに給与を上げろ、もっと人を雇用せよという意味は、経費を上げることに他ならないので、損益計算書の中の世界では利益額、率を下げるということになります。そうなると利益が出なくなって翌年の剰余金がその分減るという、原因と結果が逆の関係になります。

しかし、人の投資は損益計算書の経費ということだけで判断しても良いのでしょうか。ここが経営で一番大事なところなのです。貸借対照表には人の投資勘定は全く出てきません。人は無形資産には違いないのですが、財務会計の世界では人の投資は認識されていないのです。いわば資産価値ゼロです。あれだけ多額の人件費を払っているのに、単なる経費扱いで資産価値として扱わないのはおかしいのです。同じ500万円の給料を払っている社員が二人いたとします。片方は給料泥棒とさえ言われるぐらい全く仕事ができず会社の業績に貢献していません、しかしもう片方はどんどん付加価値の高い仕事をこなして業績向上に多大なる貢献をしています。もちろん人事評価に差があるので、昇給や昇格によって給料格差は今後出てくるでしょう。でもこの二人の会社における価値をどのように経営指標に組み込めるのでしょうか。すくなくとも財務諸表には全く反映されないのです。

企業買収を行う場合にも、資産価値を計算する際には将来得られる利益や付加価値額を参考にします。しかし買収決定後にキーパーソンが皆退職してしまったら、財務諸表の価値など全く意味をなさないぐらい大きく企業価値が下がります。

馬鹿な経営者は、人を経費としてしか見ていません。業績が悪くなると利益を回復させる即効性のある対応として人件費カットに手を染めます。「50歳以上の社員はいらない」とライフプランという名の元どんどん早期退職勧奨を続けた結果、単年度ではV字回復と持て囃されても、数年後にはボデーブローのように企業活力の低下が深刻化します。いつの間にか新たな付加価値を提案できる人もノウハウも枯れはててしまっている企業は日本には多くあるのではないでしょうか、どことは言いませんが・・・・。

人材育成は企業経営の根幹です。

でも経営の業績指標には見えないのが厄介です。何年もかかるのです。費用もものすごくかかるのです。これをおろそかにした企業は、世の中の変化が感じられない組織文化を生み、気がついたときにはもう手遅れになるといっても過言ではありません。

人材育成、とくに経営人材の育成は、目に見えない最大の無形資産投資という認識を経営者が自覚できるかにかかっています。私はあまり株をやるほうではないのですが、今後株投資をするときには、決して財務指標だけで判断することはしません。その企業はどういう価値を社会に提供しているか、そのための人材育成をどのような考え方でやっているか、どう社員教育を徹底しているのか、この視点を大事にしたいと思っています。

その意味で、保有している某社の株はもう売った方がよいのかも・・・