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「陸王」は本当にハッピーエンドなのか

毎週楽しみに見ていましたドラマ「陸王」が終わりました。このドラマは非常に大評判で最終回は視聴率20%を超える近年にない大成功のTVドラマででした。終了後のSNSでも多くの人から感動の嵐でした。「こはぜ屋」という零細企業で倒産寸前の足袋製造会社が、起死回生をかけてランニングシューズ「陸王」を開発、実業団のスター選手に履いてもらう夢を追いかける感動の名作です。以前のブログで、このドラマは今中小企業が抱える問題点だけでなく金融業界の構造問題などあらゆる課題が凝縮されており、今後の中小企業経営のヒントが満載であると述べました。

そしてこのドラマは、スター選手がこのシューズを履いて優勝、製造会社「こはぜ屋」も一気に成長発展する、という成功物語として終わったのです。でも、私は最後の最後で違和感を感じました。たった一人の選手が履いたシューズのおかげで一つの国内マラソンで優勝したときのインタビューがきっかけに、一気に会社を立て直すほどの結果につながるなんてことは、実業の世界ではありえないというのは当然のことですが、この点については小説やドラマのデフォルメとして納得はできます。むしろ、中小企業が成長発展する戦略として、「こはぜ屋」がFELIX社からの買収提案を蹴り、のれんこそが中小企業にとって最重要なものであるとしたことは企業経営としてどうかと感じたのです。

業界再編の波に飲み込まれる企業の運命

代々続く足袋メーカー「こはぜ屋」ののれんを守り通すことが果たして正しい経営だったのでしょうか。一発逆転のストーリーでたまたま業績が回復したとしか言えないのではないでしょうか。そもそも「こはぜ屋」が買収を持ちかけられた強みであったシルクレイという素材は本来は自社の技術ではありません。シルクレイの特許は、社長に惚れて入社した顧問が所有しているものであって、「こはぜ屋」は安く特許使用を許諾されている立場に過ぎません。アッパー素材の供給メーカーも苦労して調達先を探し求めた結果であって、これも自社技術ではないのです。営業力もあるわけではなく、唯一強みとしては社員の熟練縫製技能ということになります。零細企業の「こはぜ屋」が持続可能な成長を達成できるための経営資源が十分かは大きな疑問です。単なる資金繰りの問題だけではないのです。のれんや自社製品のこだわりが強みというのはある面正しいものがありますが、それだけでは中小企業が生き残っていける時代ではなくなっているのです。

少子高齢化の加速で中小企業がどんどん廃業に追い込まれている時代が到来しています。中小企業に限らず、大企業においても単独で生き残っていける時代ではなくなり業界再編が一気に加速しています。銀行でもメガバンクはほぼ4行に集約されてしまいました、これからは地銀、信金も今のままでは生き残れません。メガバンクですら今後店舗の大リストラが予定されています。百貨店もコンビニも、石油元売りも、家電量販店も、ドラッグストアも、携帯通信会社も、それぞれ業界ごとに4~5社に集約される動きが今後ますます加速します。どの業界でも単なる商品を提供するビジネスではなく、プラットフォームを提供できるビジネスでないと競争から脱落してしまうのです。

これを引き起こしている大きなトレンドは、少子高齢化による労働力不足とIoT,AIなどのIT技術の背景から来ていると思っています。今後日本企業が生き残るには、国内企業がそれぞれ切磋琢磨して競争するのではなく、提供するべきプラットフォームを実現するには、お互いの経営資源を持ち寄り協調しあうことで、資本や人材を補完増強し、国際競争力と高めていく以外にはありません。これが現在一気に進んでいる業界再編の底辺にある要因です。

こはぜ屋の選択は正しかったのか

中小企業にとっては、そういった業界再編の流れに気づくことなく、自社だけが生き残れば良い、オーナー家だけが資本を握ってそこそこ繁栄できれば良いという考えではもはや生きていけないのです。大企業自身が生き残りをかけて事業ドメインを再定義する中で業界再編を仕掛けている中、中小企業がいつまでも単独で成長発展するストーリーは現実的ではありません。中小企業オーナーにとっては、会社は自分自身の分身そのものであって、会社を売却するなんて選択肢は頭からないという人がほとんどだろうと思います。のれんを守ることが正義であるというのは一見正しいように思えます。しかし、買収する大企業が悪者で買収される中小企業は弱い立場という色メガネで物事を見ると、正しい姿は見えなくなってしまいます。

「陸王」では、FELIXの買収提案に対し、一度は受けるという覚悟を決めた社長でしたが、最終的には従業員に対する思いや「こはぜ屋」ののれんを守ることも思いから断ったのです。普通はこれでお仕舞いになるはずですが、一応小説の世界ですから、事業売却ではなく業務提携という形で設備資金をFELIXが出し、かつ3年間は発注を保証するというような、通常ありえないストーリー展開になりました。

しかし、「こはぜ屋」の価値をさらに高め、かつ従業員の雇用を保証できる事業売却はありだと思うのです。「のれん」という考えには、顧客の姿が見えてきません。単なる社長のこだわりです。会社が飛躍的に成長していくには、業界再編の動きに対して淘汰や統合を繰り返しながら成長発展をした結果としてのれんが続いていくものではないでしょうか。業界再編は今に始まったことではなく、明治維新以来の近代化、そして敗戦後の経済復興、高度成長に至る過程の中で、ありとあらゆる業界再編が続き日本経済が発展してきたのです。

「こはぜ屋」は、足袋メーカーとしてののれんにこだわっていたからこそ業界再編の波に乗れなかったのです。今回FELIXという世界的アウトドアメーカーからの買収提案に乗っていれば、足袋メーカーとしてののれんを捨て去り、新たな事業や技術にチャレンジする絶好の機会を得たはずです。

果たして「陸王」はハッピーエンドとなるのでしょうか? 今の延長線で、5年以内にFELIXから借りた3億は返せるでしょうか?