海外展開と撤退にM&Aの選択肢を
過去の日本企業の海外展開は、日本から投資して製造拠点や販売拠点の現地法人を設立するのが一般的でした。現地で安価に生産して価格競争力ある商品を日本に輸出したり、現地市場を開拓して事業を拡大する事業戦略が基本にありました。
しかし発展途上国に投資するのは日本だけではありません。世界各国からグローバル企業がしのぎを削って戦略的に海外事業展開による競争優位性を高めています。その結果、発展途上国では経済発展とともに製造販売の競争力が着実に高まってきています。
現地に展開した日本を含む外資企業の投資によって人材力や技術力の高度化が進む一方、ローカル資本企業の競争力レベルも高まっています。この発展によって、日本企業自身の海外展開の様相も変わってきました。あえて日本企業が現地にリスクをとって新たに現地法人を設立して製造販売に乗り出すよりも、高度化した現地の外資企業やローカル企業を委託生産や委託販売先として活用する方が、少ない投資で海外生産のメリットとともに海外市場を開拓することが実現できるようになってきました。委託生産販売では要件を満たさないこともあるため、より突っ込んだ事業提携など協業や一部資本参加も活発になってきています。
つまり海外から投資して、現地法人を設立し事業展開することが海外事業であるという考え方に固執しているだけではもはや時代遅れではないかと見ています。発展途上国を下に見て、安価なコストで製造販売するために海外展開を考えると失敗します。
それなら現地に投資して製造販売拠点を設立するよりも、OEM生産の委託や販売代理店として提携すれば良いではないかと考える経営者も多いのではないでしょうか。しかし事はそううまく進みません。外資、ローカルを問わず、既に経営が高度化した現地法人の活用も競争原理が働きます。今や、世界のグローバル企業を相手にしている現地企業にとって、日本企業から発注したいといっても、提携することによって得られるメリットがないと乗ってきません。やたらと品質と価格要求の厳しい日本企業から安易に委託生産を受けることに難色を示します。提携することによって技術力が高まったり、自社製品の日本市場での販売につながるなどのメリットがあるところと取引したいと考えるのはむしろ当然です。
海外拠点のM&Aに着目する海外展開戦略
日本企業は少子化の加速によって企業経営の構造自体の継続性が危機的状況に陥り、事業承継待ったなしの様相を示してます。まさに海外展開どころではなくなり、中小企業レベルでもM&Aが加速しています。海外市場での成長戦略で事業の生き残りを図らねばならないのに、海外事業を経営できる海外に精通した人材も枯渇しています。大手企業でも、過去海外事業の先駆者として市場を開拓していった人材の多くは既に定年を迎えて卒業していきました。またコロナによって海外渡航自体が困難な状況が2年も続いています。
この2年で日本企業はますます内向き志向とリスク挑戦を忌避する傾向が顕著になっていると言えます。コロナと世界情勢が混沌とする中にも関わらず、海外ではどう動いているのかの認識も希薄になっているのではないでしょうか。
日本企業の海外展開で起きていることは、日本の親元で起きている問題と直結しています。親元の本体で事業承継が深刻な問題の本質は、実は海外の現地法人でも同じです。親元でグローバル人材を確保できていないのに、海外拠点に出向する社員はいなくなってしまいますし、現地社員の経営人材を育てる意識も体制も脆弱です。
結局、親元が事業承継ができずに廃業やM&Aによる売却を検討する前に、既に海外拠点の経営を続けられなくなっている企業が目立ってきています。90年代から2000年代にかけて多くの中小企業が東南アジアや中国に進出していきましたが、止むを得ず撤退していく現法も確実に増えています。
現法の撤退には費用もかかりますし、せっかく育てた従業員も全員解雇となります。社会的責任という点でも現地展開国の社会に迷惑をかける結果を考えたときどうすれば良いのでしょうか。
そこで選択肢として考えたいのが、海外現法拠点のM&Aです。
少子化によって止むを得ず現地法人経営を続けられなくなっている企業が、さらに撤退費用をかけてリターンもなく撤退するよりも、新たに事業展開しようとしている新規参入を目論む企業に売却する選択肢の方が、資金回収の点でも雇用を守る社会的意義の点でも遥かにメリットが大きいと思います。
日本企業の本体をM&Aで第三者に事業承継させるM&Aが脚光を浴びていますが、その前にまず海外事業法人をM&Aでリストラすることによって、廃業撤退するよりも従業員の雇用が守られるので現地からは歓迎されます。
新規に海外展開したい企業にとっては、最初から工業団地に現法を立ち上げるよりも、買収によって現法を承継する方が遥かに投資コストを抑えることができます。既に育ってきた従業員の能力を当初から活用できます。買収先の販路を承継することも可能です。つまり海外展開で一気に時間を買うことができるのです。
また売却先は何も日本企業に限りません。成長拡大を遂げている現地ローカル企業から見れば、日本企業の現地法人は経営的に魅力ある存在です。チャンスがあれば日本企業と提携するために日本企業の現法に資本参加したいと考えている企業も多くあります。場合によっては買収して事業基盤を引き継いで、日本市場への参入の足掛かりにしたいとも考えています。
事業承継で行き詰まった現地法人を、新たに現地で事業展開したい日本企業やローカル企業に承継してもらうM&Aによって、売却する側も買収側にとってもWIN-WINになります。
近年、良い意味でも悪い意味でも脚光を浴びているM&A仲介業者は、仲介手数料を獲得するビジネスとして、企業経営よりも何とか成約に結び付けるための過度な営業姿勢が目立ちます。まさに不動産事業と同じスタンスです。しかし残念ながら、彼らの多くは海外経営の実情はほとんど理解できていませんし、海外での現地企業とマッチングする知見は皆無といっても良いでしょう。
日本企業の事業承継において、単にM&Aをまとめることに重点を置くのではなく、日本企業の海外展開戦略に直結する視点に立った場合、海外拠点のM&Aを実現するノウハウを持っているのは海外展開に精通した士業です。現在の大手のM&A仲介業者は、海外現法拠点の経営承継のノウハウをまず持ち得てないことは留意点の一つでしょう。