事業承継支援型の海外M&Aマッチング推進
事業承継型M&Aは今後さらに増加
日本企業によるM&Aは2011年以降、かつてない勢いで毎年増加しています。2020年はコロナの影響で9年ぶりの減少に転じましたが、2021年から再び増加基調となっています。2021年の予測推計値では日本企業によるM&Aは約4000件超となっています。
この数年、中小企業の経営者の高齢化や後継者難によって、いわゆる「事業承継型M&A」が急増しており、コロナの影響は限定的で増加傾向は衰えていません。それでも実績としてはまだ年間600件余りで、その他が大手企業の海外子会社を海外現地資本の企業に売却するM&Aであったり、スタートアップの時間とコスト削減のためのベンチャー投資によるM&Aで占めています。
現在、日本企業による潜在的な企業譲渡需要は約57.7万社(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」)で、内約半数の30.6万社が経営者の高齢化等による事業承継型M&Aを利用できる可能性があるとされています。日本の企業数360万社(2016年統計)の内、6社中1社が事業承継型M&Aの潜在ニーズと考えることができます。
中小企業経営者の高齢化による後継者不在の問題は、企業の休廃業・解散や倒産件数の増加に直結し、失業者増や雇用者数の低下につながり地域経済を支えることができなくなる由々しき事態が起きています。事実、毎年休廃業・解散する企業数は増加しており、2020年では5万社が日本から消えているのです。しかもそのうち6割以上が黒字での休廃業・解散です。
後継者がいないからと休廃業・解散するくらいなら、第三者に売却して企業を存続させることで、雇用と企業が生み出す付加価値を守るM&Aを決断することは経営者としての責務ではないでしょうか。
もちろんボロボロの経営内容で誰も買い手がつかないような企業に対しては、支援金や補助金など公的資金を与えること自体無駄で、できる限り速やかに退場する方が社会的にもメリットが大きいのですが、他社の成長戦略に資するような企業であれば、M&Aによって次世代に企業を存続させることの方が社会的正義にも沿ったものになるのではないでしょうか。
いずれにせよ今後ますますM&Aによる企業売却・買収のニーズが高まることは間違いないのですが、そう簡単に事業を承継してくれる企業の買い手が見つかるというものでもありません。経営者にとっては会社は分身みたいなもので、企業売却などやりたくはないという気持ちはわかりますし、積極的にどんどん売り市場に企業売却の案件が公開されることもありません。「企業は人なり」・・モノのように売り買いするものではないという感覚も痛いほどわかります。しかし、人も労働力という価値やノウハウに給料を払って経営資源として活用している限りは売買する対象でもありますし、企業が後継者難で休廃業してしまうのは解雇と同じことと考えると、従業員は決して経営者の私物ではなく、社会の人的資産としてその能力を活かす第三者に企業資産とともに引き継いでもらうことの方が余程従業員の幸せになるはずです。
M&A市場をどういう視点からとらえるべきか
だんだんとM&Aを事業承継の一つの方法として活用する考え方が浸透してきました。ところが、買収しようという日本企業のニーズはなかなか表に出てきませんし、そもそも日本国内に企業を買収して経営できる経営者がいったいどれだけいるのかは明確にはわかりません。
潜在的な企業売却可能性の数は推定できる一方で、買収できる可能性をもった企業数やニーズの調査はかなり難しく、きちんとしたデータベースもないのが実態です。企業売却の必要性をどう考えているかについては個々の経営者によって千差万別ですし、客観的には金融機関や税理士は経営実態からその必要性を認識しているものの、倒産や経営者自身の経営遂行不能状態にならない限り強制できるものでもありませんので、なかなか表だって「売却希望リスト」には出てきません。
一方、企業買収によって新規成長戦略に繋げたい買い手にとっても、敵対的買収を仕掛けるほどのことでない限りは、積極的に企業をショッピングする活動を展開するわけにもいきません。
実際には一義的に売却、買収それぞれの意向を把握できるのは金融機関であったり税理士であったりするのですが、たまたま個人的ネットワークから案件化することもありますが、不動産のように潜在対象先の共通データベースがあるわけではないのでなかなか難しいところです。
そこで、近年M&Aのプラットフォームが続々と誕生し、ネットのプラットフォームと直接営業による需要掘り起こしをおこなって、売り手と買い手の潜在的企業を登録しマッチングさせる業者が乱立しています。
彼らは基本的にM&Aが成立したときの仲介手数料を稼ぐビジネスモデルであり、俗っぽい言い方をすれば「お見合いマッチングアプリ」と何ら変わりません。表向きにはM&Aコンサルティング事業としていますが、企業買収に関する企業評価やデューデリ、売買契約、株式売買など法的手続きはほとんど専門家に振っているだけです。その結果、M&Aが成立したときには買い手、売り手双方から成功報酬として売買金額の1-5%の仲介手数料を取るのです。昨今では売り手、買い手双方から往復ビンタで手数料を掠め取るのはあくどいと批判を浴びています。
M&A市場では企業名が基本的にノーネームであるため、個別案件でNDAが締結されるまでは相手先がわかりません。ほとんど水面下で進められるため、なかなかM&A仲介がどのような業務プロセスとなっているのか不透明な点が多いのは実態かと思います。その意味からも、M&Aには信頼できる専門家がバックにつくことが非常に重要なポイントになろうかと思います。
売り手企業にとっても、買い手企業にとっても、一生に一度あるかどうかの企業の運命をかけたM&Aであることを考えると、手数料で稼ぐビジネスモデルで血眼になっているM&A専門プラットフォーマー業者の餌食になることは避けるべきであると思うのです。M&Aは決して一人の専門家が全てをやれるものではありません。最初の窓口は金融機関や税理士、また商工会などの支援機関などとの相談から始まると思いますが、彼らが全てM&Aの相手を見つけて、法的手続きのクロージングからポストM&Aの経営支援まで行うことはできません。
M&Aは相手を見つけて売買契約をやって終わりではありません。お見合いマッチング業者が手数料を稼ぐビジネスモデルとは違います。売り手企業にとっても、買い手企業にとっても、成立したM&A実施後の方がより重要です。そこまでケアできる経営支援パートナーがM&A全体をコーディネートし、成立後も双方に経営支援を継続するビジネスを提供できるのは専門家であり、特に中小企業診断士を支援パートナーとして事業承継問題の解決を一緒に考え取り組む延長線上にM&Aを位置づけて、企業の立場に立って応援する役割を果たすべきだと思うのです。
海外M&Aによる事業承継問題解決への貢献
今まで事業承継型M&Aはほぼ100%日本企業間で考えるのが一般的でした。大企業が海外子会社を事業売却するときには、事業承継型というよりも全社の経営ポートフォリオの最適化の視点から外資に売却するというスタンスが多いように思います。
一方、中小企業の多くも東南アジアを始めとする海外に製造子会社や販売拠点を設立しています。あまり表立った情報とはなっていませんが、日本企業が新たに子会社を最初から設立するのではなく、実際タイやシンガポールなど海外に進出した他社の製造子会社を買収して、短期間に立ち上げる事例が見られます。
これは事業承継型とは少しニュアンスが異なりますが、事業承継は必ずしも企業本体をM&Aで売却して第三者に経営を承継してもらうというものだけではありません。以前設立した海外子会社も後継者の問題からとても継続することが叶わず、閉鎖するよりも第三者に経営権を譲り、その新たな経営者のもとで事業を継続してもらって仕事を委託するということも可能になります。こういったニーズも益々増えてくると思います。
この第三者も日系企業の他社が買い手になるケースだけではありません。地場企業の現地資本に売却して(もしくは一部資本参加や合弁会社設立も含め)、新分野での国際協業のステップアップと同時に事業承継課題の人材確保にもつなげられるメリットもあります。
また、自社の子会社を売却するだけでなく、第三者の海外拠点を買収して人材やノウハウを獲得することで、後継者を含めた事業承継につなげるという戦略も考えられます。
無論、本体事業全体をM&Aで外国資本の傘下に入る選択肢もあるわけで、事業承継のためであっても決して国内企業同士のM&Aだけで考えるのではなく、グローバルな視点から海外M&Aを視野に戦略的な選択肢を考えることが、企業の継続発展に不可欠な要素となってくるのではないでしょうか。
しかも、このような発想を支えるM&A戦略の支援専門家は、M&Aプラットフォーマーにはほとんどいませんし、大半の弁護士や税理士、会計士は国内事業支援が専門です。中小企業診断士の多くも国内企業の支援が中心なのですが、徐々に海外経験を持ち、実際に現地で居住している国際派の中小企業診断士も増えつつあります。
M&Aがグローバル化するにしたがい、中小企業にも海外M&Aの重要性はさらに高まり、国際派診断士に期待される役割に貢献していきたいと考えています。
「中小企業事業承継支援型 海外M&Aマッチング推進事業」をネットワーク事業としてのビジネスモデルを早期に確立していきたいと思っているところです。