海外会社責任者に求められる資質と育成
日本人出向責任者でも、現地社員の責任者登用においても、求められる資質の条件があります。意外かも知れませんが、「仕事ができる社員」はだいたい責任者としてはふさわしくないことが多いのです。一般に、「仕事ができる社員」は全て自分で仕事を完遂してしまう高い能力を持っています。反面、その「仕事ができる社員」が上に立ってしまうと、周囲があまりよく見えません。どちらかといえば、人を育てるマインドが相対的に低く、パワハラなどで人材をつぶしてしまうのもこの層が多いのです。
現地会社でも「仕事ができる社員」は必要です。強い組織づくりや機動的に課題を解決するために不可欠な人材です。ところが、この人材を現地会社のトップに据えるとうまくいかない場合が多くあります。特に、猪突猛進型の超優秀営業マンから現地会社の経営責任者に登用された方の会社で、現地社員が育って現地化を実現したところはあまりお目にかかったことがありません。
現地会社の責任者としてふさわしい人材の資質
それでは現地会社の責任者としてふさわしい「仕事ができる社員」ではない人材とはどのような資質を持っているのでしょうか。
1. 専門知識が豊富なベテラン社員よりも、視野が広く論理的思考をもつ社員
海外会社に出向する人材を選抜する際には、どうしても「経験」と国内事業での「実績」を重視して選んでしまいがちです。重要な点は、仕事ができることよりも経営思考力です。いくら専門知識が豊富でも組織を動かす力とは別物です。経営のかじ取りを任せるには、視野が広いことと論理的思考力を備えた人を登用することです。外部環境の変化を感じ取り、本社と現地をつなぐ柔軟な感性や行動力の面から力を発揮できます。
2. 現地社員をやる気にさせ育てることに能力を発揮する社員
モノを作る前に人をつくる。現地社員が育つことが現地会社の成長発展につながります。能力開発のために研修体系を作り上げていくことも重要ですが、社員のモチベーションを高めることがより効果的です。そのためには、社員が働きやすい環境や風通しのよい職場風土づくりに行動力がある社員が求められます。
3. 問題発生時に自ら先頭に立って逃げない社員
現地社員から信頼されない責任者は完全に失格です。彼らが一番日本人出向責任者を見ている点が組織を引っ張るリーダーシップ、すなわち「人間力」になります。仕事ができるかどうかはほとんど見ていません。このボスは信頼できるか、困難に立ち向かう胆力があるか、そして自分たちのことを考えてくれているか、を見ているのです。
グローバルに通用する海外駐在員の育成
そんな海外会社の責任者の資質に合致した人などいない、現地マネージャーもなかなかそんな人を採用できない、理想論に過ぎないと言われるかも知れません。しかし、次世代の後継者を確保するという観点から考えればやらざるを得ないのです。海外会社の経営責任者を選ぶということは、経営者自身の分身、後継者を選ぶことと同じレベルで考えるべきです。経営の現地化をどういうプランで進めていくかの視点が求められます。
ほとんどの中小企業に限らず、大企業においても海外駐在員の選抜にあたっては、過去の日本での経験と実績に基づいて考えるため、グローバル社員の育成確保について、きっちりとした制度をもっているところは少ないのが実態です。ろくに育成もせず、中途半端な能力とマインドで海外に赴任させてしまうのですから、海外経営がうまくいかなくなっている企業が非常に多いのです。
理想的にはグローバル人材育成研修の体系を、外部アドバイザーとともに作り上げて毎年継続的に実践していくことが非常に重要です。世の中には人材育成コンサルタントと称するアドバイザーは山ほどいますが、単に人事部門の経験しかない人よりも、実際に海外で経営を実践してきた経営のプロをパートナーとして活用するべきです。
海外要員を育成するには、階層別マネジメント研修やスキルアップ研修を中心とした研修体系では不十分です。私は基本的に5つの経営スキル開発から研修プログラムを企画、実践するべきであろうと考えています。
① 経営スキル開発研修
・経営理念、ビジョン構築、経営戦略、海外マーケティング、財務会計基本知識、ビジネスモデル、経営シミュレーション
② 海外組織運営・組織革新マインド開発研修
・組織論、経営革新、海外での人材確保・育成実践、人事マネジメント
③ 課題形成・判断力開発研修
・論理的課題形成、PDCA、海外でのコンプライアンス、リスクマネジメント
④ リーダーシップ・行動力開発研修
・リーダーシップ理論/チームワーク、熱意・責任性・協調性/率先垂範
⑤ 異文化コミュニケーション意識改革研修
・現地人のマネジメント、国民性の理解/日本人の特性理解、海外経営に最低限必要な外国語研修
事前に海外マネジメントのスキルとマインドを備えた人材を育成してから海外赴任させることは難しいと思います。しかし問題は、海外に赴任させた駐在員の現地での仕事、責任範囲が一気に広がるので、海外に赴任したあとの人材の能力開発はどうしても手薄になってしまいます。本人の自己研鑽任せになってしまいます。しかし、海外経営における現地社員の育成を中心になって進める海外駐在員の能力開発は非常に重要な経営課題といえると思うのです。