次世代のために今変われなければ未来はない
コロナショックの影響はこれからが正念場です。外出自粛と営業自粛が長期化している間に世の中は一変しました。緊急事態宣言が解消されたとは言え、ほぼ確実に第二波が来ると思われます。リアルの集客を前提としたビジネスモデルで事業を行っていた業界にとっては、必死になって生き残りをかけて自ら変わろうとしています。ZOOMなどのオンライン化で価値提供を行うべく頑張っていますが、観光関連や飲食関連など対人で直接サービスを提供する業界にとってはまさしく存亡の危機に立っています。営業自粛が解除され、ようやく人出が回復しつつある町の様子が伺えますが、以前と同じようには決して戻りません。実際、外国人観光客のインバウンド需要は完全にゼロのままですし、3密を避けるためには、限られた店舗面積に入ってもらえる客の数も制限しなければならず、とても採算が取れない状況がずっと続くものと覚悟しなければなりません。また政府からの助成金や補助金も限りがあります。いくら自粛制限が解除されても、おそらく多くの業種で倒産に追い込まれる企業や店舗の数が増えてくるのは間違いないでしょう。
凄まじい時代の変化と日本存亡の危機
日本全体がインバウンド需要に踊っている間に、日本の政治、産業、社会そして個人の行動、価値観が内向きになってしまいました。貿易立国と言われていた高度成長時代には、国際社会でいかに勝ち抜いて成長発展していくかということに国民のパワーが結集されていました。ところが、経済産業が成熟化して内需が主導する一方で、少子化に歯止めがかからず国も企業も老齢化が進み、活力がどんどん落ちていった直近25年であったと思います。総人口が減り生産年齢人口は加速度的に減少していくようになり、労働力不足が顕著となってやむを得ず働き方改革で女性と高齢者を活用する環境を整備し、外国人労働者に門戸を開いて労働力不足に対応しようとしていたのがここ2年のことです。しかし、これらの視点はあくまで国内需要と生産労働力を何とかしようとするあくまで内需中心のものでした。
日本のGDPの伸び率が低いというのはほとんどの日本人は知っています。でもそれは少子化だから仕方ないし、実際人不足で仕事はあるのだから失業で生きていけないことはないし、株が大暴落して資産をどんどん失うような状況でもないからと、安心しきっているぬるま湯にずっとつかり続けていたということではないでしょうか。
日本のGDPはまだアメリカ、中国に続いて世界三位だから経済大国には違いないと思っている人はおめでたいとしか言いようがありません。GDPは国全体が生み出す付加価値の総和ですから、人口が多いところが上位に来るのはむしろ当たり前なので、重要なのはそのGDPの伸びと一人当たりのGDPつまり生産性の伸びの推移です。日本は1995年までは一貫してGDPの伸びは高く、一人当たりのGDPは世界で第3位、G7の中でもトップでした。それらは自動車や電機といったリーディング産業が牽引していたことが要因です。しかしバブル崩壊そしてリーマンショックを経て、日本のみが全く経済成長を果たせなくなったのです。この間アメリカはGDPを4倍にも増やしています。日本のGDPが500兆円規模というのを耳にされていると思いますが、実際この500兆は1993年からほとんど増えていないのです。一人あたりのGDPで見るとさらに悲惨な状況が見えてきます。2018年では日本の一人あたりGDPは26位です。G7においてはイタリアだけが日本とほぼ同じ27位なのです。1993年の一人あたりのGDPを1としたときの、2018年においてはアメリカは2.37、イギリスは2.31、カナダ2.30、ドイツ1.89、フランス1.85、イタリア1.84に対して、日本は1.10なのです。つまり直近25年間で一人あたりが生み出している価値は、わずか10%しか上がっていないという意味です。
世界がどれだけ変化しているのか。これに日本人の多くは実感として気づいていないのです。まさしく一人負けなのです。なぜ世界が成長しているのに、日本だけが成長から取り残されているのでしょうか。成長しないということは売上も伸びないし、利益も増えない、しかも物価も低下し、給料も増えていないのです。今までは1995年までの高度成長のレガシーと個人資産で持ちこたえていただけです。給料が伸びなくても貯金や金融資産があるがゆえに、生活がすぐにひっ迫している状況ではなかっただけです。少子化高齢化で人口減少しているからではありません。明らかに日本人一人ひとりの能力、競争力が世界で劣っているからこそ、一人あたりのGDPで一人負けになっているのです。付加価値を生めなくなってしまっている現実を直視しなければなりません。こんなに長時間労働を厭わず勤勉な国民は他にはいない、教育レベルも高い、生活水準も高い、にもかかわらず日本人の能力が劣っているってバカにするなと怒る人が多いでしょう。しかし現実は冷酷です。最高学府の東大でも、世界の大学ランキングではずっと下位になってしまいます。これら全ては日本人の個人的能力の優劣というよりも、社会構造や教育システム、国民の価値観それらが混然一体となって、結果として国全体の競争力が落ちてしまっている現実があり、一人あたりつまり平均値での能力レベルは低下の一途をたどっているわけです。
特に大きく成長性で水を開けられている要因は、インターネット革命に対する産業構造改革、社会システム、デジタル・AI人材育成の遅れなど時代の変化に合わせた産業創造力の欠如にあると思っています。中でも一番の問題は人材育成にあります。デジタル化社会における経営者や政治家の人材育成マインドの低さと専門家層・リーダー層の欠如は日本の未来に深刻な影響を与えます。ビッグデータとAIをどう活用して新たな産業を創造することができるかにかかっているといっても過言ではありません。
今この時期に変われなくては国も企業も未来はない
ここに、コロナショックが襲い掛かってきたのです。観光や飲食など直接打撃をすぐに受ける業界は倒産の危機に直面していますが、他の多くの業界への影響はまさにこれからです。まだ多くの国民レベルでは外出自粛でストレス溜まるといったレベルの話が多いのですが、これからは新規採用中止から非正規社員の雇止め、事業の縮小整理から人員解雇へ進む業界が増えてくるのは間違いないところでしょう。
コロナ対応のためテレワークを徹底して推進する必要が高まり、社会や企業においても、人と人の接触で価値を提供するエンタメやスポーツ、セミナーや会議などはオンライン化対応なしには生き残りが難しくなっています。緊急事態が解除となっても、今まで日本が遅れていたいデジタル対応が否が応でもやらざるを得ないことをきっかけとして、私たちが変化する一番のチャンスでもあると思っています。逆にこの機会に成長できない課題を洗い出し、今私たち自身が変われないと未来はないという覚悟が必要ではないでしょうか。
変わらねばならないときに、できない理由はいくらでも出てきます。学校休校の長期化を踏まえて、今年のカリキュラムを一年半として、来年9月から9月入学に改革しようという空気が一気に広がりました。世界の状況を見れば、これはむしろ当たり前のことであって、むしろ4月入学のメリットを維持するというのはほとんどないといっても良いでしょう。しかし日本人はこれほど時代の変革が押し寄せてきているにも関わらず、変化を嫌う人があまりにも多いのは大変悲しいことです。早速、9月入学実現には様々な問題を出して、だから慎重に時間をかけてという声が政府や与党で大半を占めているようです。私は、このチャンスを逃したら二度と世界で競争していける教育に改革することはできないのではないか、解決する問題があるからやらないのではなく、やるためにどう問題を解決したらよいかという発想にならない限り、時代の変化に永久に国もそして企業も世界から取り残されるでしょう。
企業も経営のあり方を見直すのは今が絶好の機会です。世界経済の激変の波は常に海外から押し寄せてきており、ビジネスモデルを見直す必要に迫られていることを考えますと、海外事業環境や政治経済状況の視座なしには企業経営を守れない時代になったのです。特にこれからは米中という二大国を軸として政治と経済が密接にかつ複雑に絡みあう時代となり、国内中心の事業発想では生き残ること自体許されないのです。またコロナの問題を見ても、どの国が、いつ何時どのようなリスクに襲われるかわからないのです。9年前に未曾有の震災被害を受けた日本ですが、首都直下地震や南海トラフ地震、また火山の大噴火や巨大台風の被害など、コロナとは関係なくいつ別の激甚災害が襲ってきてもおかしくない国で事業を行っているのです。また今の中国の言動を見ると、いつ突発的事件をきっかけに世界大戦が起きる可能性がないとは言えません。
コロナショックでどう生き残るかが当面の最大の経営課題ですが、今後デジタルオンライン化の変化にどう対応し、国際政治環境のリスクを踏まえてどう成長戦略とリスク分散のための投資を行うかということが、経営者としての真価が問われる最大の試練になるでしょう。
「なぜこんな状況でも企業は変われないのでしょうか?」・・・それは経営トップの革新マインドひとつにかかっています。