悩ましいベトナムのレッドデビル~性悪説の経済~
ベトナムに初めて赴任される方が、仕事を通じて一番最初に驚くことは何でしょうか?日常生活ではバイクの多さや交通事故のことだと思いますが、仕事ではやたらと政府関係機関に提出する書類が多いことです。現地法人もVATを毎月納付しなければならず、膨大な経理処理関係の書類や輸出入通関処理にも何セットもの書類を準備しなければなりません。TAXコードを記載する書類も当然のことながら多く、それの番号を証明する投資ライセンスの公証コピーを添付し、社印を押して、経営責任者が何枚もの書類にサインしなければなりません。社印も以前は法人ごとに警察が発行する一つのしか許可されていませんでした。複数の営業拠点があって、それぞれ取引先に出荷・売上インボイスを発行するときには、一か所で管理されている社印を押すために、書類を社内で郵送するのに相当手間と時間がかかり事務効率化の大きな障害となっていました。
その後、社印は複数持てるようになったり、サイン権も現地常駐の人に委譲できるようになるなど、法改正が進んで若干やりやすくなっています。しかし、ベトナムに赴任する日本人にとって一番悩ましくまた鬱陶しいのが、取引と密接にかかわるVATの処理、経費として認識するための公的領収書(ベトナム政府が承認した公式領収書)、いわゆるレッドインボイスというものです。ベトナムにおいて、企業が物品を販売する、若しくはサービスを提供した場合に発行するものです。ただし、金額が20万ドン以下(日本円で1000円)の場合には、発行しなくてもよいという例外規定があります。
また、物品を購入する、または、サービスを享受する際に、レッドインボイスを入手しなければ、その支払の金額分は、仮受VATとの相殺ができないばかりか、法人所得税の算出時に損金への算入ができなくなります。また、2千万ドン以上(日本円で10万円)の支払いは、銀行の控えなどが必要となり現金支払いでは損金算入できません。
レッドインボイスの発行には支払側の税コードが必要になります。つまり、ベトナム国内法人が設立されていない限り公式領収書は手に入りません。また、相手もこの税コードを持っている法人であることが必要になります。市場や屋台、個人商店などはこの条件をクリアできないためレッドインボイスは発行してもらえません。
非常に複雑になる業務処理
こういった税体系があるため、日常の企業活動は非常に複雑にならざるを得ません。法人税の算出のための利益を確定するのに、経費として落とせるのはレッドインボイスを入手したものになりますし、仕入れに含まれるVATを控除するのにもレッドインボイスがなくては処理できません。
このややこしい事務手続きの原因ともなっているレッドインボイスを、請求書のBILLの意味から、ベトナムの「レッドデビル(赤い悪魔=Red de bill 【Red devil】)とも言われていました。
最初にベトナムに赴任して驚いたのは、自分の名刺にも、いただく社外の方の名刺にも、ほとんどTAXコードが印刷されていたことです。なぜだろうと不思議に考えていました。当然国内出張する仕事がすぐにあるわけですが、ホテルに宿泊したときの領収書で謎が解けました。
ベトナムでホテルに泊まると当然領収書をもらいます。明細が書かれてあってホテルの領収スタンプが押されていますが、日本から出張する場合はそれで十分です。ところが、ベトナム国内の法人ではその領収書では税務当局からは経費として認められません。公式領収書であるレッドインボイスが必要なのです。大抵のホテルでは、フロントではレッドインボイスを発行できません。ホテル経営法人ごとに一つしか社印(つまり政府が与えた実印と同じ)が与えられていないわけですから、フロントに置いておくような管理では悪用される可能性があります。また、レッドインボイスに商品・サービスの提供先、つまり請求先の法人名とTAXコードが明記されていなければ、受け取った側は経費として認められません。チェックアウトの慌ただしい時間に、インボイスにそこまで書いて社印を押して渡すことなどほとんど不可能です。したがって、多くの場合は名刺を渡して社名とTAXコードを明記したレッドインボイスを後日郵送してもらう手続きをお願いするしかありません。
日本であれば私的領収書であったとしても十分経費として経理処理できます。ベトナム人になぜこのような複雑で非効率なレッドインボイス制度を行っているのか、これが経済発展を阻害しているのではないかと感じていました。しかし逆に、ベトナム人に言わせると、そんな私的な領収書を認めたらいくらでも偽造できるではないか、何でも経費で落とせてしまえるし、個人の不正も何でもありになってしまうということです。改めて社会主義国の基本は、性悪説に立っていかに国民や経済を政府が管理するかという考え方で統治している仕組みを認識しました。日本では性善説にたって法体系とルールが定められている社会で、経費についても妥当性があれば、手続きはできる限り簡略化しようという考え方とはまったく異なります。もちろん、日本でも偽造領収書などルール破りなど不正が露見すれば罰則があるわけですが、ベトナムなど社会主義国や発展途上国では、国の規制、関与と罰則とセットで管理していくという違いがあることを認識するべきでしょう。
取引先とVATの関係
ベトナムで新たな取引先から調達する場合、相手がインボイスが発行できるかどうか悩ましい問題があります。現地設立法人が販売する際にはレッドインボイスを発行します。販売先のTAXコードを記載し、VAT(通常10%の付加価値税)をオンしたものになります。
一方、商品やサービスを買う場合、ベトナム国内では必ずしも法人ではないことも考えられます。つまりレッドインボイスを発行できない個人事業者や商店から買うときには問題が発生します。10万円以下場合は現金で購入はできるのですが、1000円以上であればレッドインボイス発行がないと経費算入できません。タクシーに乗ったときには1000円を超える場合も多いので、出張経費精算の場合には、タクシー会社ごとにまとめて改めてレッドインボイスを切ってもらうよう手続きをしますが、個人タクシーやバイクタクシーなどは精算できません。対応策としては、いつも利用するタクシー会社と法人契約でタクシーカードを発行してもらって、利用時には現金で払わずに、まとめて請求、支払いを行うのが便利です。
ベトナムの業者と取引を行う際、「レッドインボイスが必要な場合は10%のVATがかかります」と言われる場合があります。正確にはレッドインボイス不要ならVATは乗せませんというほうが正しいのかもしれません。ベトナムでは売上額をすべて申告していない会社もあります(しかも相当数)。脱税行為には違いありませんが、ローカル企業を中心によくやられている手法です。レッドインボイスを発行した際は売上として計上しなければなりません。その際に初めてVAT(付加価値税・日本の消費税に相当)の10%を加えるという企業もあります。普段からVAT10%を受領するのが正しいのですが、売上計上をしておらず納税もしていないためこのようなことになっています。二重帳簿で売上にしないことが横行しているのです。
取引したい企業としては、レッドインボイスを受け取れないところから仕入れ、購入すると、経費算入できないわけですから大変困ります。このようなときに、レッドインボイス発行業者というものを活用するケースがあります。実態的には違法業者であり、政府の役人ともつながっているという噂もありますが、発行者と取引先とは名前が変わるので、日本の企業はこういうところを使ってレッドインボイスを入手するのはお薦めしません。コンプライアンス上のリスクが大変高いと思います。
こういった実際のところどういう仕組みで経済が回っているのか、なかなか一般的な情報だけではわからないところが多いものです。