日本の中小企業の神髄に出会えた
ベトナム経営塾の日本研修の第三グループ目を受け入れ企業訪問やマッチングのアテンドを実施中です。昨日は神奈川県の綾瀬市にある中小企業を5班に分かれて訪問、一日かけて活躍している企業経営者から多くのことを学ばせていただきました。ベトナム人経営者にとっては大きな刺激であったことは間違いないのですが、今までたくさんの中小企業とお付き合いさせていただいてきた私自身にとりましてもびっくりすることの連続でした。長年の経験からも日本の中小企業の強みはいろいろと感じてきましたが、昨日訪問したS樹脂工業様の経営は、中小企業のお手本のような生きた経営の実践を改めて勉強させていただいた貴重な体験となりました。
経営塾では経営理念の重要性や5Sの実践の大切さなど繰り返し学びますが、それでも講義では理論と実践事例紹介が精一杯であり、実際に生で経営者から話を伺い、工場視察を体験する機会に勝るものはありません。ベトナム人塾生にとってはまさに驚きの連続でした。
このS樹脂工業様は、2012年に今の会長である創業者から二代目として40代のご子息が社長として引き継がれた典型的な中小企業です。今年創業50年で、現社長が引き継がれたときにまずされたのが経営理念の確立でした。前社長の経営に対する思いを引き継いでいくためにも、その考え方を根付かせるべく経営理念を明確化することで、会社が目指すべき方向、存在価値を従業員と共有することをまず考えられたのです。経営理念と同時に行動規範の7か条も制定され、以降全ての会社経営の方向性をこの経営理念に照らして進められてきました。この理念を従業員と共有しDNA化するために、まず徹底されたのは幹部社員の育成と経営戦略の共有でした。そのために徹底されたのはまず毎朝の朝会です。この経営理念を唱和し、社員が交代で所感発表を続けることで社内の一体感を強めていかれたのです。またこの朝会の前に、毎日経営幹部と30分の幹部ミーティングを実施し、風通しの良い職場風土と戦略の一体性を強化されたのです。
私自身、現役時代にはパナソニックでも毎日の朝会で経営理念を唱和していましたが、どこか形骸化していたような印象も受けていました。改めて創業当時は同じように中小企業であった松下電器の創業者の松下幸之助翁がどのような思いで経営理念を打ち出し、毎日朝会で経営理念を唱和して所感発表をやっていたか、その偉大さと経営者としての思いを振り返ることができました。今回お会いしたS樹脂工業の社長様が松下幸之助翁と同等とは持ち上げすぎかも知れませんが、創業者の現会長も松下幸之助翁の考え方に心酔されておられたことも伺い、その精神はこの中小企業にも脈々と受け継がれているとの思いを持ちました。
驚きの5S実践
5Sは経営管理のまず第一歩であることは、経営塾生であるベトナム人経営者にとっても十分すぎるほど勉強できています。しかし実践となるとなかなかうまくいかないのが実情です。品質を高めるためにも5Sの重要性はよく理解できています。ところが推進しようにも従業員のモチベーションが高くなく、職場では整理整頓が徹底されずモラルも低いことにも悩まれています。今回S樹脂工業を訪問し熟成が一様に驚いたのは、社長自身が主導する5S実践の姿でした。これも経営理念の達成に向けた一つの取組みに過ぎないのですが、5Sを単なる管理手法として取り組むだけでは不十分だということがわかったのです。
S樹脂工業は、自社工場だけでも綾瀬市内に5か所あり、また事業承継で悩まれていた同業企業をM&Aで買収して幅広く事業を拡大されています。社長はそれら全ての工場、職場を経営理念を徹底する連帯化の取組みとして5Sを実践することで社員の育成、モラル向上を図り、その結果抜群の品質を達成されています。
ベトナム人経営者の質問は、どうすれば従業員に5Sを教育し理解させることができるかといった具体的な解決策でした。しかしS社長が実践していたのは、従業員と一緒になって毎週決めたところを掃除を30分行っているという習慣でした。しかもトイレ掃除も含めてです。「なぜ社長が自ら掃除のような(付加価値の低い)仕事を行うのか? 従業員を教育してさせればよいではないのか」・・・単純な疑問を持ちます。本当に信じられないという反応です。
ところが社長は言いました。「定期的に従業員と一緒に掃除を行うことで、普段見えていない問題が見えてくるのです。仕事の進め方しかり、職場の雰囲気しかり、品質管理の従業員の意識しかりです」掃除道具の保管ひとつにしてもきっちり整理整頓されています。雑巾も色分けして使う用途を指定しています。床掃除に使った雑巾は絶対に机や機械などの掃除には使わないなど、こういった細かな配慮の積み重ねがモノづくり品質を極めることができるのだという神髄を見たと感銘を受けたのです。事務用品の保管にしても、きっちり整理されているだけでなく、包装用テープの保管にしても、次に使う人のためにテープの端がすべて同じ方向を向けてあるのです。こういった顧客重視、次に使う人への気配りがDNAとして定着している姿を目の当たりにして、S社長の経営理念の実践に向けたリーダーシップに感服しました。
こういった企業はものすごく強いです。実際S樹脂工業様は、樹脂加工成型におけるオンリーワン企業としての圧倒的な強みを持っています。複雑で難しい加工要請を受け、しかも1個から対応という少量の要望を受けても実際対応できないこともあるのではと伺いますと、「ほぼどんな要望でも対応できる。技術的に難しいと思われることでも、今まで培ってきた経験と設備機械を駆使することで、何とか解決する方法を見つけ出すことができます。」と言い切られます。
日本の中小企業が成長発展していく究極の姿ここにあり。独立してここ数年間100社以上の中小企業とお付き合いがありますが、この企業はその中でもダントツの実力と経営実践であると思いました。やはりその強みの根幹は「経営理念」そのものではないかと改めて自覚をした次第です。