ベトナム語と日本語の親和性
ベトナム語は日本人にとって非常に難しい言語の一つです。もともと貿易部門で仕事をしていましたし、アメリカとイギリスで合計10年駐在経験があったので英語は普通に話せますが、英語ができればドイツ語やスペイン語、イタリア語などは少し慣れれば習得できる言語だと思います。また日本人であれば中国語は感覚的に意味はわかりやすいので、中国や台湾の仕事をしたこともあり、ある程度の会話はできます。ところがベトナム語に関しては、私自身にとっては一番とっつきにくい言葉でした。
東南アジア各国は国によって言葉が大きく異なるので、現地の人々とのコミュニケーションは大きな課題です。タイやラオス、ミャンマーなどはあの難しい文字が感覚的にもほとんど読めないのが障害となります。しかし、その国に駐在した人の話を聞くと、この三カ国の言葉にはある程度類似性があって、一カ国の言葉ができれば結構他の国の言葉も理解できるのことです。タイプラスワンのオペレーションで、タイの企業が人件費の高騰や人不足に対応するため、ラオスやカンボジア、ミャンマーの国境沿いに分工場を設立して経営するところが多くなっています。それは人の問題に対応するためということもありますが、タイ人にとってそれぞれの国の言語が近く、責任者として赴任したタイ人にとってコミュニケーションが取りやすいという背景もあります。一方、マレー語やインドネシア語などは英語のアルファベットそのままで表現されて発音もそう難しくなく、いわゆる日本人にとってローマ字読みをすればある程度通じます。そのため、日本人が出向して一番現地の言葉が覚えやすいのはインドネシアと言われます。赴任後半年もすればある程度現地の言葉でコミュニケーションができるというのは素晴らしいです。マレー語も覚えやすいと言いますが、マレーシアは仕事でも日常生活でもある程度英語が通じるため、特にマレー語がわからないと不便を感じることはないと思います。
日本人にとってのベトナム語
ベトナムは以前は中国の影響もあって漢字が使われていたようです。実際、寺院などでは仏像や経典などで漢字表記されています。しかし、その後ベトナムはフランスの植民地となり、フランス人が読めるようにアルファベットにいろんな補助記号がついた形に変化してきたのです。その点、ベトナム人にとっての言葉は割合柔軟に周囲の環境に合わせた柔軟性があるものともいえます。現在ではベトナム人の多くは既に漢字が読めないのです。
またベトナム語で表されるアルファベットは全て使われるのではなく、固有名詞や外来語、擬音、感嘆詞などを除くと、子音ではF、J、W、Zは用いられず、逆に母音が非常にバラエティに富んでいます。しかも母音の強弱、上げ下げ、など6声の組み合わせで表現しますので、日本人にとっては非常に聞きとりづらく、かつ話しても理解されにくいのです。日本語では母音はア、イ、ウ、エ、オの五つしかありませんし、しかも強弱や上げ下げで意味が変わることがありません。ベトナム語の発音で「ア」とカタカナ表記する母音は、なんと16通りもありそれぞれ意味が変わってくるので、日本人が話すベトナム語はなかなか一般の人には意味が通じないのです。
私も4年近くベトナムに駐在し、その間も極力ベトナム語が話せるようになりたいと、家庭教師に一年ほど来てもらって勉強しました。それでもほぼ私自身は挫折しかけたくらいの難しさでした。たまたまベトナム人の友人も多く、たとえ通じなくてもベトナム人にはできる限り片言でもベトナム語を無理して話していました。面白いことに私が暮らしていたアパートのオーナーは英語もできないので、手ぶり身振りでベトナム語を話さないと何も通じなかったこともあり、それも訓練の一つになりました。結果的に日本語も英語も話せないベトナム語だけしか通じない友人が増えていったのでした。
そのせいか日常生活の会話ができるようになり、先般タクシーに乗った時、どこそこまでと伝えたとき、ドライバーがメーターを倒さずに、ぼそっと「ハイチャム」と言ったのを聞き逃さず、「ちょっと待て!なんでメーターを倒さない?『ハイチャム』のはずないやろ」とベトナム語で噛みつき返し、すぐにここで降ろせと文句を言ったところ、ドライバーはびっくりしたようで、カネを払わずにタクシーを降りました。この「ハイチャム」というのは、日本語で「200」という数字の意味です。ベトナム語で値段のやり取りをする際には、下3ケタは削って話をするので、「200」というのは20万ドンという意味になります。私がタクシーをつかまえたところから目的地まではせいぜい7万ドンぐらいの距離はわかっていました。たまたま私がスーツをきてビジネスバックを持っていたので、ドライバーから見ていかにも日本人という格好をした客にふっかけてやろうと思っていたようで、そこで乗るなりいきなりベトナム語で喧嘩を吹っかけられたので相当びっくりしたはずです。
またベトナムから帰国後、ODAでベトナム人の前で研修講師の仕事を続けていくことで、かなり高レベルの議論や内容の濃い説明を、日本語とベトナム語の逐次通訳で耳にしていくうちに、だんだんとベトナム人同士が話し合っている内容の概略が通訳なしでもわかるようになってきたのです。その中でよく使われるベトナム語で、日本語とほとんど同じ意味というものが数多くあることに気づかされます。 そこにベトナム語と日本語の親和性というものを感じるのです。
よく似た意味の言葉
ベトナム人は非常にプライドが高い国民です。しかし、自分自身の足りなさもよくわかっていますしよく勉強します。私自身ベトナムと関係する仕事に携わって約10年になりますが、確実にベトナム人の能力も意欲も上がってきてることを実感します。特に私が感心するのが、ベトナム人の「団結力」の強さです。過去悲しい戦争の歴史を経験し、民族としての団結力の強さは他の国には見られないものです。
その「団結」という言葉はベトナム語では「Đoàn kết」(ドアンケット)と言います。非常に日本語に近いものです。ベトナム人同士の議論の中にもこの言葉がよく出てきます。
その他、経営学の中でよく使われる言葉でも、ほとんどベトナム語が同じというものが出てきます。
「注意」は「Chú ý」(チューイー)
「管理」は「Quản lý」(クアンリー)
「同意」は「Đồng ý」(ドンイー)
「意見」は「Ý kiến」(イーケン)
「改革」は「Cải cách」(カイカック)
といろいろあります。ベトナム語はもともと中国の影響を受けていますので、中国語とほぼ同じ意味のものもあり、漢字圏文化という意味でも日本語と非常に親和性が高い言語でもあると思います。
でも、やはり発音が難しい・・・