政府の補助金が産業の健全な発展を歪める
昨今のEVを取り巻く問題は、地球環境保護のための脱炭素化を目指した大命題から大きく一脱してしまっています。世界各国政府では普及加速のために、製造企業だけでなく消費者に対する様々な補助金や優遇税制といった政策を駆使し、何とかEVシフトを実現させようとしてきました。
EVの製造そのものはガソリン車に比べて参入障壁は低く、そもそも技術的に十分成熟していないEVであるため、バッテリー技術の性能や寿命だけでなく、充電インフラの問題を冷静に見ているマジョリティの消費者層は決して飛びつくようなものではありませんでした。その結果、EVの成長は一気に陰りが出てきているのが現状です。
特に中国は国家戦略としてEVにとてつもない補助金を支給したことによって、市場原理とは全く働かない形で、一気に200社とも300社ともいわれるEVメーカーが新規参入が相次ぎました。元々EVのコスト構造は70%がバッテリーと言われる段階にあって、補助金がなければガソリン車の1.5倍から2倍以上の価格となります。市場性ではまだまだ産業として成立させるのは時期尚早であると思います。
ところが補助金を消費者でなく、メーカーに直接入れることで虚構の市場性を生み出してしまいました。売れようが売れなくて在庫になろうが、作る段階で補助金が入るのですから、とにかく作らないと製造コストが下がらない構造に陥ってしまいます。その結果、生産過剰が業界全体に蔓延し、価格競争が激しくなって売れないEVはそのまま野ざらしになっています。またダンピング輸出が蔓延り、輸出先の国では自動車市場の構造が大きく歪み、雇用問題も深刻になってしまいました。
中国では製造強国を目指して、諸外国から導入した(合弁といった形で盗んだものを含め)技術や産業に巨額の資金を国が補助金の形で投入し、一気に世界一の競争力を獲得しました。日本の家電や携帯等の電子機器関連産業が衰退してしまったのは、中国の国営企業への戦略的投資とは無関係ではありません。
日本政府の補助金政策も功罪が大きい
補助金政策は、経済における重要な役割を果たしていますが、その一方で産業構造を歪めていると考えています。コロナで苦しんでいる企業を支援するという目的で、政府だけでなく都道府県や市町村に至るまで、数えきれないほどの補助金や支援金政策が実施されてきました。しかし本当に企業の支援になっているのでしょうか、その結果、産業構造を歪め競争力全体を弱体化させているメカニズムとその影響について指摘したいと思います。
まず、補助金政策が産業構造を歪める一つの要因として、政府の補助金が一部の産業や企業に偏って流れることが挙げられます。政府や地方公共団体は、特定の産業や地域の発展を促進するために補助金を提供することが多いのですが、この過程で適切な調査や分析が行われずに補助金が配分されることがあります。その結果、本来は競争力が低い産業や企業にも補助金が支給され、経済の資源が本来の効率的な配置から逸脱することがあります。これによって、本来ならば成長する可能性のある産業や企業が補助金を受ける機会を逸することになり、産業構造が偏った状態になる恐れがあります。
また、補助金政策が産業構造を歪める別の要因として、補助金の支給条件や制約が産業の発展を妨げる場合があります。政府が補助金を提供する際には、通常、一定の条件や規制が設けられます。しかし、これらの条件や規制が過度に厳しい場合や、実際の市場状況と合致していない場合、補助金を受け取ること自体が負担となり、産業の発展を阻害することがあります。
典型的な例が、昨今いろいろと問題視されてきた事業再構築補助金です。特に、新興産業や革新的な企業にとって、補助金の支給条件が過剰に厳しく、補助金審査の手続きや枝葉末節な指摘事項ばかりで投資タイミングを失ってしまうケースがあります。また補助金は審査された事業計画に基づいて実施し、つまり初期投資分は全て自己資金や借入金で賄い、1年半や2年後に細かい実施審査と報告書審査を経て、事後払いで認められた経費の三分の一とかの補助率分だけ支給されるというものです。これではグローバルなスピード競争に負けてしまい、イノベーションや成長のための資金調達が制限され、産業構造の健全な発展が阻害される、官僚的なお役所仕事の自己満足のための補助金と言わざるを得ないと感じてきました。
さらに、補助金政策が産業構造を歪める要因として、長期的な視点に欠ける政策の実施が挙げられます。政府はしばしば、短期的な経済効果を追求して補助金を提供することがありますが、その際には長期的な産業構造の健全な発展を考慮しない場合があります。結果として、一時的には成果を上げるかもしれませんが、長期的には産業構造が不均衡になり、経済の持続可能性が損なわれる可能性があります。
補助金政策が産業構造を歪めることの影響はさまざまです。まず第一に、日本の補助金は労力とコストをかけて作成された政策目標に合致した一部の申請企業のみにタイミングをずらして現金を配分するにすぎません。その結果、一部の企業のみが経費の一部を国が肩代わりして市場の競争力を持ってしまうことになってしまいます。
本来の競争力がある産業や企業が成長の機会を失う可能性が高い、実施効果の低い政策と言わざるを得ません。これによって、経済全体の生産性が低下し、成長率が抑制される恐れがあります。まらに、短期的かつ一部企業の経済効果にしか波及しません。長期的な産業構造の健全な発展が阻害されることで、経済全体の持続可能性が損なわれる可能性もあるのです。
ただ全体の産業構造を発展させるために、国が莫大な補助金政策をやろうとすれば中国のような状況に陥る危険性があります。欧米各国では中国のEV補助金政策によるダンピング輸出を強烈に批判しています。補助金によって低価格が実現して輸出したのであれば、その分を輸入各国では高関税をかける恐れが高まります。
以上のように、日本政府や地方自治体による補助金政策を安易に拡大すると、特定企業のみに恩恵がわたることで業界内の不均衡が拡大し、その特定企業の価格競争力で製品全体に高関税がかけられると一体何のための補助金か本末転倒になることに留意してもらいたいと思います。補助金政策が産業構造を歪めることは、経済全体に深刻な影響を与える可能性があります。政府は補助金政策の実施に際して、産業構造の健全な発展を促進するために、適切な配分と条件設定、そして長期的な視点を持つことが重要ではないでしょうす。