日本の国際競争力が低下した真の原因
コロナによる日本経済・社会に与えた影響の深刻さはまさにこれからが本番です。マスコミの報道を見ている限りは、毎日感染者数がどうだとか、自粛要請が解除された商店主のインタビューなどどこも同じようなことばかりです。しかし、この2か月間あまり人の流れが止まり経済が事実上凍結されたことによって、改めて日本が抱える構造的課題が表面化してきたように思います。以前から日本が2000年以降ほとんど成長していない一方で、アメリカや中国、シンガポール、韓国、台湾などは対照的に成長率が高いというのは、ほとんどの国民は何となく感覚で理解しているところですが、それではなぜ日本のみが成長が止まってしまっているのかという原因と、今後どうするべきかについての国民的議論が高まっていないのは、政治家やマスコミの問題という指摘もありますが、むしろ企業の経営トップの革新意識の欠如とともに国民一人ひとりの変化を嫌う日本人の体質的な問題があると思います。
コロナの問題が深刻化する中で浮上した課題として「9月入学」への対応があります。未来へ社会をつないでいくための最も重要な投資は「教育」であることは疑いの余地はありません。グローバル世界で日本が国際競争を生き抜いていくためには人材育成なしにはあり得ませんし、そのためにも問題の多い4月入学を国際標準の9月入学に改革するべきという議論は以前よりありました。まして、今回のコロナ問題による長期の学校休校による教育の遅れが懸念され、しかも第二波、第三波の感染拡大が予測される状況にあって、是非論でいうならば、9月入学への変更はやる以外にないと思っています。当然これをやるには何十もの法律改正が必要であり、経済にも国民生活にも多大なる影響があります。実施が難しい理由は山ほどあります。でも、世界で日本が生き残るために必要だという環境認識に立てば、こういった時期であるからこそできる改革であり、やらない理由を挙げるより、やるためにどうする方法があるのかをまず考えるのが、次世代にバトンタッチする今を生きる私たちの責任だと思うのですが、それが大多数の意見にならないことが悲しいです。
ところが、日本人は「変化を嫌う」のです。「変化」をすることはこんなに大変だ、困難だ、だから「変化」を見送るという声が大きくなり、結局政府与党はやる気がなく、首相もやらないという方向のようです。これほどの激震が襲ってきている中にあっても、「混乱中にあえて混乱を起こすような制度改革はやるべきではない」という意見が通ってしまうのです。今できないと未来永劫できません。おそらく第二波か第三波が冬の時期に勃発し、入試もできなくなって余計混乱することは高い確率で起きることを想定すれば、何もしないことはあり得ないのですが、これが日本人の特質性であり、その「変われない」「新しいことに挑みたくない」体質が、日本の経済・国際競争力がここまで低迷した原因の本質であるように改めて感じます。国際環境が劇的な変化をしているのに、憲法改革の議論すらまともにしない今の政治状況を許しているのも、日本人が持っている特質がその原因でもあります。
日本人の特質
オランダの比較文化学者であるホフステード博士によって提唱された、国の文化の違いがもたらす国民の価値観の違いを6次元に分けて分析した「ホフステードモデル」というものがあります。これを分析すると各国の国民性の違いがよくわかります。そのモデルにおいて、日本人が典型的に突出する次元があります。日本人は、特に「不確実性回避」「男性性」「長期的志向を持つ」ことが特徴です。
これから起きる変化に対応するには何を行うにもリスクがあります。「不確実性回避」というのはまさにリスクを嫌う国民性であるということです。企業経営おいてはリスクマネジメントは非常に重要な項目に違いはありません、リスクがあるから何もしない、前例主義がまかり通るのです。「問題が起きる懸念がある」「うまくいかなかったら誰が責任を取るんだ」「わたしは聞いていない(から問題起きても知らんで)」・・・こういった考え方が9月入学を潰してしまう原因であると同時に、日本企業が国際競争力を落とした主要因であるように感じています。
トップの意識改革から全てが始まる
今、コロナショックによる苦境の経営状況にあって、もし経営者自身の意識が、給付金をいかにして申請するか、コストを下げるために家賃をどう減額してもらうか、人件費をどう抑えるかということだけに向かっているとすれば、もうその会社の未来はないといっても良いでしょう。外出自粛要請が出ている緊急事態宣言中であっても、自社の事業はテレワークできないから関係ないと普通に社員を通勤させていた企業は、今後急速に景気が冷え込み、恐慌事態となったときに、どう対応してよいかわからなくなることは目に見えています。
コロナがあるなしにかかわらず、日本が国際競争力を落としてきたのは、少子化だからとか景気が悪かったとかいった外的環境の変化のためだけではありません。その本質とは、インターネットを基盤としたITの進化、普及によるテクノロジー革新に対してビジネスモデルを変革させられなかったことに尽きます。ITを巧みに取り込んで自分自身を進化、改革できた企業だけが大きく成長発展し、それができなかった企業が市場での地位を失ったと言えます。これは個々の企業経営者の問題であるとともに、日本経済全体の姿でもあります。
ITを単に合理化のための情報システムツールとしか受けとめていない経営トップが業績低下の主犯です。ITによって産業構造が根本から変革を起こしている認識に欠け、価値を生みだすビジネスモデルを変化できなかったのは、経営トップの考え方の根底にある「変化を嫌う」保守的な意識の元で、組織文化を変えることに努力もせず、ミドルマネジメント層の意識改革やスキルアップの人材育成の取り組みが不十分であったからです。これは成長発展を続ける海外のIT企業のケースを見ても、経営トップの意識改革とミドル層のマネジメント教育投資は日本とは雲泥の差があります。
持続的イノベーションから破壊的イノベーションへ
日本企業はインターネット革命が起きる前は、伝統的に日本式経営の神髄は「改善」に基盤がありました。成功したビジネスモデルを改革、改善して競争力を高めていることが得意でした。自動車産業や電機などの製造業が世界をリードできたのは、改善からの「持続的イノベーション」をPDCAで繰り返すことで、世の中の変化に対応してきたからです。
しかし、インターネット革命は、旧来からのビジネスモデルや産業・市場の構造を根本から一変させました。つまり土俵を変えられてしまったわけです。日本企業経営者の多くが、以前からの「持続的イノベーション」でインターネット革命からのIT革新に対応していこうとしたわけで、これが国際競争に敗北を喫した原因ともいえます。ITの進化と発展によって、社会構造、価値観が根底から変わってしまっています。しかもすごいスピードであっという間に次から次へと新しいビジネスモデルが生まれてくる「破壊的イノベーション」には日本式経営は全く通用しなかったという反省を国も企業もどこまで認識できているのか不思議に思います。
まずは企業経営トップが「破壊的イノベーション」へ意識改革を行うことが不可欠です。ITを戦略的に活用して全く違ったビジネスモデルを生み出せない企業の生き残れない時代に突入していることをコロナショックが改めて明らかにしました。ITの重要性がわからない理解不足が自社の将来最大のリスクであることに早く気付くべきです。しかも、企業経営者の多くは足元の日本しか見えていません。インターネット革命を基盤としたIT、ソフトに関する技術力、対応力は、アメリカが突出しているだけでなく、中国や韓国、シンガポールからも大きく遅れをとっている事実を直視してほしいところです。
「失敗を恐れずに変革に挑む」「世界で戦う意志と勇気」この二つを持った経営者のみが生き残ると信じています。