日本企業が東南アジアで競争力を失っている現実
昨今、中国の経済危機や中国事業のリスクが声高に叫ばれるようになってきました。確かに中国の政治的要因からの景気低迷や事業リスクが非常に高くなっていることは事実であり、企業業績も悪化して失業者があふれているというようなニュースを聞きます。しかし中国企業はこのまま大量につぶれていくのでしょうか。彼らは単に指を咥えているわけではなく、生き延びるために思い切った海外投資による手を打っています。
特に中国企業がどこに目をつけているかといえば、今まで日本企業にとっての収益源であり対外投資によるリターンの源泉であった東南アジアでの事業展開です。しかも日本企業が得意としていた家電産業や自動車産業に戦略的に投資し、正面から日本企業に戦いを挑み、日本企業が中国企業に負け続けている実態を直視する必要があると感じています。
家電業界で中国企業はどう東南アジア市場を攻略してきたか
中国は自国産業の高度化や高くなりすぎた人件費の削減、産業サプライチエーンの充実および、米中対立による輸出障壁のリスク、ゼロコロナ政策の失敗による国内景気の低迷、ロシア・ウクライナ戦争や中近東の政情不安などのリスク対応から、一部の資源型、労働集約型、消費型産業を東南アジアに移転を加速させています。
国内情勢しか見てないメディア情報に頼っているとなかなか見えてこないのですが、中国問題を日中間での課題のリスク分析だけでは、日本企業の本当の実力値がまったくわからなくなります。
中国企業は東南アジアをどう見ていてどういう投資戦略を図っているのかという視点が欠かせません。中国の産業が高度化するについて、以前日本が東南アジアに進出していった時期と同様の課題を抱えています。彼らにとっては東南アジアやコストメリット、消費市場としてのポテンシャル、サプライチェーンの多様化に加え、中国自身のリスク対応という点から中国企業自体が脱中国化を図らなければ立ちいかなくなるという危機感を感じた動きをしています。
日本企業にとっても中国リスクに直面し、サプライチェーンの強靭化という観点から脱中国化は待ったなしであるというのは、今まで中国に依存していた調達先を何とかベトナムや他のASEAN諸国に移すか、生産の日本回帰ができないか注力しています。ただ、この危機感は中国の民間企業も同じなのです。しかし中国と日本企業との差は何かと言えば、外部環境の変化に対する危機感の感受性と経営決断のスピードに過ぎないとみています。
東南アジアは歴史的に家電産業のける世界的な生産拠点であり消費市場です。90年代前後から日本そして韓国の家電産業にとっての重要な生産移転先となりました。そして2000年代からは中国の美的、ハイセンス、ハイアール、TCLなどが徐々に東南アジアに生産拠点を移転してきました。
移転後の投資戦略のパターンは日、韓、中国とも大きな違いがあるわけではありません。
1.販売とアフターサービス拠点の設立からスタート
2.「研究開発・生産・販売」の一体型サプライチェーンが形成
3.生産された家電製品は各国の地場市場に供給すると同時に、自国や欧米へ輸出
4.コア部品は自国・中国からの輸入か現地自社生産。非コア部品は地場調達を増加する現地化
日本家電メーカーも、韓国も、中国も戦略的には同じパターンで海外投資を行ってしましたし、特別な競争優位性のある経営資源を有していたのではありません。取り組むべき課題は同じなのです。ところが、どこで日本企業の家電メーカーは競争力を失ったのでしょうか。人件費などコスト力の問題でしょうか。一言でいれば経営決断のスピードの差であり、マネジメントのリーダーシップの差であり、組織・人材の活力の差(能力ではない)に集約されるように思っています。
「開発・生産・販売」の一体型サプライチェーンの形成や現地化が競争優位性の源泉であることはほとんどの人が理解しています。しかしそれをやれる中国企業とやれない日本企業の違いは一体何なのでしょうか。新たなことにチャレンジする場合、いかなる場合でもリスクは存在します。しかしやる前に失敗したらどうするかばかりを考え、改善でやれる範囲でまずやってみようというマインドこそが競争力を失墜させている根本原因だと思うのです。
自動車業界で中国企業はどう東南アジア市場を攻略してきたか
日本の自動車業界も金城湯地の市場であった東南アジア市場で急速に市場を失いつつある現状があります。一時は東南アジアのほとんどの国では日本車が圧倒的なシェアを占めていました。インドネシアやタイでは9割以上が日本車です。
中国はEV大国であることは周知の事実です。まともにエンジン車で日本企業と戦っても敗北するのはわかっています。中国は日本の自動車メーカーを含み世界各国と合弁事業で市場拡大を遂げてきましたが、いわゆる純国産の内燃機関の車は技術的に大変厳しい状況でした。ところがITの急速な発展によりEVを千載一遇のチャンスと捉え、CASE革命を切り口に、東南アジアを海外進出およびグローバル化のための戦略重点地域と認識していました。
EVは特にバッテリー技術の未成熟な点や充電インフラの問題から、世界的にEVの成長に陰りがでていることは事実です。今後業界再編が進むであろうことは想定できますが、中期的にガソリン車からEV車へのシフトは段階的に進んでいくことは間違いありません。ただ、長期視点でまだEV化は時期尚早であるというトヨタを始めとする戦略のため、EVで積極的に東南アジアで生産体制を構築したり、合弁事業を展開するような動きをした日本企業はありませんでした。
その間隙を突いたのが中国のEVメーカーでした。タイなどはかねてより日本メーカーにEV投資で合弁事業でアプローチしていましたが、当然乗り気ではなったため、タイの自動車市場も中国からの輸出EV車の販売にシェアを奪られるようになってきました。そして、バッテリーや自動車のコア部品、鉱業投資や川下のアフターサービス、充電施設整備の周辺市場が、現地資本との合弁事業が一気に拡大し、タイでの自動車市場のシェア低下とともに、関連する自動車産業全体における日本企業のプレゼンス低下につながってしまっています。
また円安の加速によって、日本人旅行者数も激減しています。訪タイ日本人旅行者数は10年前の2013年は153万人で、全体に占める割合が5.8%あったのが、2023年にはコロナからの回復途上ということで80万人で全体に占める割合は4.0%と減少してしまいました。
減ったのは旅行者だけではありません。タイで就労している日本人の数も減少しています。日本人のワークパーミットはピークであった2017年の3万5千人から、2024年5月時点では2万4000人と35%も減少しているのです。コロナ前と比べて27%の減少、つまりタイで働いている日本人は4分の1以上が減ってしまっているのです。
手元に詳細データはありませんが、ベトナムや他のASEAN諸国においても、日本人の就労者数は減少しているようです。東南アジアでの外国人就労者の数と国別の構成比は、企業の競争力の差を物語っているといっても過言ではありません。
日本しか見ずに新規輸出1万社プログラムというような国の取組みは、本質が見えていないのではないかと思えて仕方がありません。