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FTAに経営者はもっと敏感になるべき

経営者に限らず多くの方は、TPPとかFTAといった自由貿易協定について聞かれたことがあると思います。新聞などでも経営者を対象として「TPP11や日欧FTAについて御社の事業に何らかの影響があるか?」といったアンケートをしたこともありますが、かなりの率で「当社には影響がない」という経営者が多いのです。しかし、そのような回答をされる経営者は、はっきり申し上げて経営者として全くの勉強不足だと思います。

「うちは顧客のほとんどが国内だし、海外へは円取引の商社経由。FTAによって関税のメリットなどないうえに、輸入関税が撤廃されて困るのは高関税の農業関係者だけじゃないか? うちの製品で海外から関税撤廃で安く入ってくるものはないから影響などないんだよ! 何が勉強不足だい?」と怒られそうですが、あえて申し上げます。経営者として失格ですね。

今、全世界でいわゆるFTAと称される自由貿易協定はどれだけ締結されていると思いますか?元々WTOでは世界統一のルールで関税引き下げの交渉を行っていたのですが、実質全く機能せず、NAFTAとかASEAN、EUといった特定の国や地域での経済のブロック化が進み、その中での関税撤廃が進められ、その地域協定と個別国との間でのFTAや個別国同士のFTA、EPAが広がってきた歴史があります。今や暫定適用を含めると300以上の発行済FTAが発効しています。日本を中心に考えるだけでも、一番大きな影響となると思われるTPPや、日ASEAN-FTA、日欧FTA、そして今後大きな経済圏となりうるRCEP(ASEAN+6)-FTAの影響が企業経営に関係ないはずがありません。

そもそも関税撤廃となった場合、直接の恩恵を受けるのが輸入者であることから、輸出事業や国内販売を主体にしている企業にとっては感心が薄くなるのはある面仕方ありません。しかも、関税撤廃は自動的に適用されるわけでないのです。複雑な個別製品の関税体系とFTAごとの段階的削減の違いがあるため理解しづらいのです。実際に適用を受けるには輸出側が原産地証明をとるために、細かく製品別の適否を調べて、商工会議所に原産地証明を申請し、その証明書を輸出関連書類の一つとして現地に送って初めてFTAに基づく関税が適用されるというものです。そのため、輸出側の手続きが面倒な割にメリットとしてすぐに享受できないことから、実際にFTAの使い漏れは約半分近くあるとみています。

FTAは埋蔵金にもなりドツボにもなる

しかしこれは企業経営上非常にもったいないことであるとともに、競合メーカーがきっちり原産地証明を対応する体制があるのなら、おそらく輸入側の顧客はあきらかに競合有利と判断します。汗水たらして競争力を高め、一円一銭のコストダウンの積み上げてひねり出してきた利益を、単に事務手続きの面倒さということだけで逃してしまうのです。決して輸入者側のメリットだとタカをくくっているわけにはいきません。また顧客が国内の企業であったとしても、販売した部品を組み込んだ製品を顧客が輸出するときには、その原産地証明を提出するように求められます。顧客による完成品が日本製であることを証明するために必要なことです。

また考えなければならないことは関税引き下げの利益におけるインパクトです。輸入する側にとっては、関税の撤廃適用は、原価そのものが引き下げされた関税率分だけ削減されることと同じになります。3%の関税が下がるとその製品の限界利益が3%上がるのです。損益計算書レベルで考えると、原価率の3%削減は純利益レベルでは30%ものインパクトがあるのです。もしこの海外取引が社内取引であれば、グローバルなサプライチェーンでのコストダウン効果は計り知れません。関税コストが下がるということは埋蔵金を掘り当てたことと同じであると同時に、何もしないと経営のドツボを抱えることにもなります。

最適地生産・調達をFTA視点で戦略的に考える

日本を中心にFTAを考えているだけではグローバル企業の動きは見えません。世界中で300以上のFTAがあるわけですが、例えばメキシコ・欧州FTAといった日本から見えないFTAによって、日本企業にどういう影響が出るかなど考えてもみたことがないという人がほとんどでしょう。トランプ大統領による保護貿易への転回によってNAFTAの見直し交渉が進められていますが、そのためメキシコ・欧州FTAを活用したグローバル戦略地図が変化してきているのです。NAFTAの発展に合わせて、多くの自動車関連企業が北米向け自動車製造拠点としてメキシコに進出しています。欧州は域外から自動車輸入に対しては高関税を課していますが、このメキシコ・欧州FTAによって段階的に欧州域内への完成品自動車の関税が引き下げられるのを見越して、メキシコを欧州市場の戦略拠点として見直しが進んでいるのです。

自動車産業は裾野が非常に広いので、単に一つの自動車部品の輸出チャネルが変わるというだけではありません。グローバルなサプライチェーンが大きく変化するきっかけとなるのです。もちろん、メキシコでの原産地基準を満たさないといけないわけですから、日本製部品をメキシコ工場が買っている比率が高いと完成品がメキシコ製にはならなくなるので、欧州への関税メリットに影響を受けます。つまり日本企業で直接輸出していなくても、間接的に必ずFTAの影響は受けるのです。

逆にFTAに精通し、顧客にFTAで原産地基準から最もメリットの出る調達を提案でき、実務上もサポート体制がきっちりしてる企業でないと選ばれません。FTAの対応力そのものが企業競争上なくてはならないものになるでしょう。

私は知らないではすみません。グローバルな貿易ルールは日々変化しています。しかも新聞記者は全くの頓珍漢と思ってもいいでしょう。新聞だけではその変化は見えません。経営者としてその変化に目を背けている限り、ある日突然経営はドツボにはまり込みます。しかし、先を読む力と行動力さえあれば、この貿易ルールの変化を先取りすることで、自社の自益とともに販売先を拡大する千載一遇のチャンスなのです。