飲食業は経営の教科書
飲食業界は参入障壁が低く、日々新規参入の飲食店が開店し、一方でどんどんつぶれています。飲食店経営は思いだけで始める人も多く、すぐに儲かる事業だと思ってしまいがちです。
親が飲食店商売をしていたのを引き継ぐ人もいますが、小さい頃からの夢として「お菓子屋さんをやってみたかった」「おいしいパン屋さんをやりたい」・・といったように、単にやりたいという思いだけで事業を始める人も多いのがこの業界です。もちろん、客に多く来店してもらうためには、美味しい料理を出す腕がないと続きません。しかし、美味しさには誰にも負けないという自信だけで果たして成功するのでしょうか。
実は、経営コンサルタントの観点からこの業界を見たとき、経営としては非常に難しいのです。経営者としては高い経営能力が必要です。美味しい料理を出す腕前というのは、経営資源の強みの一つにしかすぎません。しかし、多くの飲食店の経営者に十分な経営スキルが備わっているのでしょうか。実際飲食店の経営者は非常に多忙です。身体をこき使いしかも長労働時間の仕事です。気を配らねばならないことは山ほどあり、じっくり経営を勉強する時間もないのが実情ではないでしょうか。
飲食店の経営第一鉄則
飲食店に限らず、経営の最重要鉄則があります。その第一は売上をいかに上げるかということです。
「何を当たり前のことを言ってるのか?」と思っておられるでしょう。
それなら、売上を伸ばすにはどうすれば良いのでしょうか?
「そりゃ、沢山の人に食べてもらう以外にないでしょうが! そのために誰からも旨いと言ってもらえる食事を提供することに頑張ってるんじゃないか!」
至極ごもっともです。でも、売上を伸ばすには客数を増やすことだけが条件ではありません。あらゆるビジネスに共通の売上公式があります。
「売上」=「客数」X「客単価」X「購買頻度」
増販するには、「客数」増、つまりいかにして集客を行うか。「客単価」いかにして商品の付加価値を高めるか、そして「購買頻度」つまり客にお得意になってもらってリピートにつなげるかの三要素が重要です。まさしくマーケティングの基本です。売上を増やすために、この三要素でそれぞれどういった対応を行うかといったマーケティング戦略なしに事業の成功はありえません。しかし、美味しさでは負けない料理を出しているだけで、広告宣伝もせずに客数は自然と伸びるのでしょうか、味に自信のある料理だから高単価も買ってくれるのでしょうか、クーポンや特典なしに何度も足を運んでくれるのでしょうか? ターゲット顧客層のどれだけのシェアを確保できるのでしょうか。立地条件との相関で商圏と顧客数をどれだけ見れば良いのでしょうか。マーケティング戦略のない売上目標は単に絵に描いた餅です。
製造業の経営者で、高機能で品質の良い製品なら海外でもそのまま売れるはず、少々高くても日本製だから買ってくれるはずと思いこまれている方が結構おられます。自社の強みにしか目が行かず、競合の優位な点はあえて見ない、冷静に見たつもりでも思い込みが先行してしまい、曇った目で競合を過少評価してしまいがちです。
飲食店でも同じです。商品づくりにはこだわりを持っている経営者は多いのですが、いかにして売るかという営業を軽視すると売上は伸びません。飲食店以外の業界においても、販売をあくまでコストとして捉え、自社で取り組むのではなく、商社まかせや代理店まかせの企業は多いものです。その割には販売流通に携わる外部リソースに支払うマージンをコストとしてしか考えないため何とかして削ろうとしている企業では、間違いなく販売はうまくいかないのです。
売上以外の経営要素も詰まっている
飲食業界での経営の難しさは、商品を自ら作って販売して売上を確保するマーケティングだけにあらず、利益を上げるための価格設定には、粗利の確保や、顧客が受容できる値ごろ感を踏まえた売上数の最大化を考慮しなければなりません。売上は価格と数量の掛け算で決まる一方、利益確保には原価計算が欠かせません。
人を雇わないと飲食業は成り立ちませんので、必ず固定人件費が発生します。顧客を惹きつけるための店づくりも重要です。内装だけでなく雰囲気、接客サービスなども重要です。いくら美味しい料理が出せても、雰囲気が悪かったり、居心地の悪い内装や、従業員の接客が悪いと、顧客は定着せずに口コミなどで客数が減ってリピートも期待できません。生ものなどの原材料は短期間に使えなくなりますので、材料などの仕入れ品の在庫管理も利益確保と直結しています。売れ残りは廃棄処分となるので原価管理も重要です。改装するときの資金をどう手当てするか、資金を確保して設備投資してもその減価償却費をどう一般販管費で管理するか、人を雇用すると日常の労務管理や労務コスト管理、そしてサービスのレベルを上げて集客につなげるための人材育成の取組みも非常に重要です。
そうこうしているうちに近くにライバル店が新業態で参入し、一気に客を取られてしまうことは日常茶飯事です。つまり、飲食業で求められる経営管理スキルは、4Pマーケティング(価格、立地、販促、商品企画・開発)、品質管理、財務会計、製造、調達、人的資源管理、環境対応、社会貢献など全てが必要です。
本当に飲食業で成功するには、それこそ経営責任者が大変です。大企業では経営管理分野は細かく専門性が分かれているので、組織として最適化を図っていくことができます。しかし小規模の飲食店においては、限られた人数、しかもそのほとんどが店長一人の肩にかかっており、全領域にわたる経営スキルを身につける必要があります。
つまり経営のエッセンスが凝縮しているのです。
なぜこだわりの店が成功しないのか
小規模の店舗が大手のチェーンレストランに対抗していくには、専門特化していくというのはある面マーケティング戦略の定石です。その具体的対応策として、大手ではまねのできない「こだわりの店」をコンセプトにして、小規模でも特定の顧客を常連となってもらうことで売上を確保しようと考える人が多いものです。確かにこれはニッチ戦略として当然の方向性の一つになります。しかし、ある分野にこだわりすぎることによって、ターゲット市場を狭めているということでもあります。こだわりで成功するには、市場のある程度の規模をターゲットにしていること、そしてその市場全体の中で圧倒的に占有率を確保するだけのこだわりの強さに対する支持があることが重要です。ここを冷静に見通せないと占有率100%でも採算ラインに乗らないこともあることや、こだわりの差別化要因に特徴が薄いため占有率を確保できないこともあるのです。
このこだわりを事業コンセプトにしておられる企業や飲食店ほど、こだわりの採算性について無頓着なところがあります。しからばどうすればいいかということですが、さらに特徴を差別化して市場での占有率を上げる取組みを行うか、こだわりを受け入れられるターゲット顧客層を拡大したマーケティング戦略を推進することのマーケティング面からの経営見直しを行うことが重要です。
もう一つの視点は経営規模を上げて原価率を下げることです。そのためには単独資本の小規模店舗では限界があります。ある程度大きな外食資本の傘下に入ることも一つの方法ですが、そこまでいかなくても、協力し合える飲食店連携のグループを作り、共同で材料調達を行ったり、セントラルキッチン化や人材マネジメントのアウトソーシング化など、全体で経営コラボを行う余地はまだまだあるように思います。
こだわりで売上を確保するだけでは不十分で、いかにして利益につなげるかの仕組みを組合などを作って進めるなど方法はいくらでも考えられると思いますが、もっとグループ化して外部の知恵を活用すべきではないでしょうか。