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悩ましいベトナムの賄賂問題とリスクマネジメント

 

ベトナムで悩ましい問題の一つに「賄賂」があります。日本から進出した企業にとって、大企業であろうと中小企業であろうと、現地の公務員から裏金を要求されたり、取引先の購買担当からバックマージンを要求されたりすることは日常茶飯事です。要求されること自体を逃れることはまず無理かと思います。しかし、外国公務員に賄賂を渡して便宜を図ってもらうのは贈収賄であり、業務上横領にも問われる犯罪になります。
しかしながら、賄賂そのものの定義は、時代の移り変わりとともにやそのときの社会情勢や商習慣、現地の法律だけではなく日本や第三国での法律との関係から常に一定ではありません。
今、政治問題化しているIRの賄賂事件にしても、中国の新興カジノ業者が、国会議員に何とか北海道にも認可されるよう影響を与えてほしいということから、選挙陣中見舞いというような名目でお金を渡したため、贈収賄として逮捕されています。確かに今の法律に沿って厳密にいえば収賄にあたるのかもしれませんが、まだどこが選ばれるかどうかわからない段階での職務権限との関係で本当に有罪となるのかどうかはわかりませんが、政治的には野党にとって格好の追及材料となっています。
ところが日本は以前から清廉潔白だったのかといえばそうではなく、公務員であってもお中元やお歳暮をしていた時代はあったわけですし、政治家が政治資金集めパーティで企業にパーティ券を買わせることと何がどう違うのかという疑問もわきます。もちろん外資企業や外国人が政治資金を提供すること自体も法律違反ですが。
ベトナムで賄賂を渡した日本企業が罰金を受けたニュースの背景
先日、愛知県のある電線企業が、ベトナムの税関職員に通関の違反をめぐる追徴課税や行政処分を軽くするなどの有利な取り計らいを受けるため、ハイフォン市税関局の幹部職員2人に15億ドン(約735万円)を手渡した疑いで送検されて罰金100万円の略式命令を出したとのニュースがありました。今から6年前のことについてです。
このニュースは、ベトナムにおける贈収賄の根底にあるにはいろんな要素が含まれている示唆に富んだ案件だと思います。ニュースだけを見ると、この企業は悪意を持って贈賄行為を行った犯罪企業であるかのように伝えています。コンプライアンスの点からみると確かに法律違反を行い罰金を受けて有罪となったわけですから、不当な扱いだというようなことはあえて申し上げるつもりもありませんし、私自身現地の事情をもっと理解するべきだと法律違反を教唆するような意見には同調しません。でももっと深くを読んでもらいたいのです。

このニュースでは、このような記事が書かれてありました。

【この会社の元社長は「不利益な処分を減免してもらうために賄賂を支払った」と供述している。ベトナムの税関は、申告と異なる電線の材料が輸入されたなどとして現地法人に計5千万円相当の支払いを通知したが、賄賂を渡した結果、計約400万円相当に減額された。匿名の情報提供で発覚したという。同社は取材に対し「ご迷惑をおかけして申し訳ない。二度と同じことが起きないよう、法令順守や社員教育を徹底していく」とコメントした。外国公務員への贈賄の禁止は1998年の不正競争防止法改正で設けられた。国際的な商取引で不正な利益を得るために外国公務員に賄賂を渡すことを禁じており、日本国内の企業だけでなく、現地法人での日本人の行為も処罰の対象となる。】

この記事内容から、いろんな背景が目に浮かびます。もう少しやり方があっただろうし、海外経営のマネジメントでもっと第三者の意見やアドバイスを聞いておれば、事件を未然に防ぐ方法もあったのではないかと感じたのです。

① ベトナムの公務員からの賄賂要求はなぜ常態化しているのか

贈賄する方も悪いが、本来は収賄を要求するベトナム人公務員の存在そのものが問題ではないか、というのは尤もな話です。しかし、社会の仕組みや構造の問題からそう簡単になくなりません。贈賄も収賄も一番の悪者は仕掛けた方だと思いますが、往々にして表ざたにならないことは、日本を含めどんな国にもありますし、その程度の差が社会成熟の発展レベルを物語っています。日本も時代劇のように御上が賄賂を要求する時代はありましたし、基本今の政治家や公務員の世界で贈収賄の摘発は常に起きています。こういった問題は一方の方向から批判しただけでは解決はしません。時代とともにそれぞれの国民の考え方も変わってきますし、善悪の基準や法律体系も違うことを理解することが現実的です。賄賂を要求するベトナムの公務員のモラルが一番の問題だと言い切るだけでは何も解決しないのです。

ベトナムの公務員の基本給はいくらぐらいだと思いますか? ベトナムの最低賃金については日本企業にとって人件費の点で関心事項で、現在最低賃金の地域平均は371万ドン(2万円弱)です。しかし、最低賃金というのは一般の会社に適用されるいわばワーカーに保証されているものです。ところが公務員の基本給は最低賃金をずっと下回るわずか160万ドンつまり約8千円程度なのです。基本給で生活なんてできません。もちろん他に手当などが付くわけですが、それでも公務員の給料だけでやっていけないことがまず根底にあり、その差額を埋めるために組織的かつ職場風土的に裏金の要求につながるのです。公務員の給料レベルをもっと上げて、それで生活できるようにしないと贈収賄の要求はまずなくならないと思います。また公務員サービスに対する手数料についても、きちんと体系化されていなので、その場で役人の裁量で決まること、つまり個人的な金銭要求を生んでしまう土壌があります。贈収賄は法体系が未成熟なために、役人の裁量でどうにでもなる部分があります。また、公金と公務員の給料の境界が曖昧なために起きるものであり、政府に本当に撲滅する気がないというのも頷けるところです。

一番贈収賄の働きかけが多い部門としては、税関、税務署、入管、警察、労働人事、環境、消防、その他認可や基準に関する役所全てと言っても良いでしょう。つまりベトナムで事業を行う限りは、これらの役所との関係を避けていては全く成り立たないので、いかにうまく立ち回り、かつ犯罪にならないようにするにはどうするべきかということが大事です。

② ハイフォンの特殊性

ここの会社はハイフォンにあるとのことでした。企業が立地を考えるにあたって、どういう理由で展開地域を選ぶのかについて、もっと表に出てこない面も助言を受けることが必要です。私自身、ハイフォンを悪くいうつもりは毛頭ありません。良い人も多いし、この地域で事業を行うメリットもあります。ただ、地域によっては気をつけなければならないこともあるのです。ベトナムでは、GRABタクシーによる配車サービスがごく一般的になっています・・でも、ハイフォンでは一切ないんですよね。なぜだと思いますか? (これ以上はあえて申し上げるのは控えたいと思います)

③ 税関や公共部門との付き合い方

この会社はおそらく施設建設時か材料輸入時のHSコードの間違いか、素材のカテゴリーの見解の違いから、通関後の後日調査で関税項目の虚偽記載を指摘されて、追徴課税(5年以内の事後調査で判明)で5000万と言われて、びっくりして何とか引き下げさせるために、相手から700万円の賄賂を持ちかけられて乗ってしまったというのが背景のような感じがします(間違っているかも知れません)。

まずこの会社の経営判断のミスは、5000万円の追徴に対しては、徹底して書類を揃えて抗弁するべきであったと思います。そして、もしこの会社の申告記載事項の間違い指摘が正しいのであれば、これはコンプライアンスの観点から、きっちり追徴課税に応じるべきであったと思います。決して700万円の賄賂と400万円の手心を加えた課税を合わせて1100万で押さえられると考えたのがそもそもおかしいのです。そしてこの追徴が不当だというのであれば、これは弁護士を立ててでも不服申し立てを行って、最終の税関総局まで再審査を持っていくべきでした。時間はかかりますが、正しい手続きで法律を遵守することの方が大事ですし、そうすれば賄賂を要求した役人側にとっても表ざたを避けるため、結局700万の賄賂は引っ込めざるを得なかったでしょうし、日本の法律で裁かれることもなかったと思います。

ただ、ベトナムの公務員は手を変え品を変え賄賂を要求するものと覚悟が必要ですが、一方で大事なのは、日ごろコミュニケーションをきちんと取れているところへは要求しにくいということを理解することです。お金以外に彼らが喜ぶことをしてあげればよいのです。それは名誉であり、公務員組織内で評価が高まることです。彼らは外の世界、特に外資がどのような価値を提供しているのかよくわかっていません。したがって、日ごろから商品や事業について、普段から情報を提供してあげると非常に喜んでくれますし、企業にも招待して少々の食事を提供したり、イベントの来賓として丁重に扱うことで、公務員との関係性が良くなります。役人の奥さんや家族の誕生日に花束を届けると非常に喜ばれますし、これらにかかる費用は通常の交際費の範囲であり、少々のお土産をお渡ししても、許認可にかかわることでない限りは、決して賄賂でもなんでもないのです。ところが、日本企業はベトナムの公的機関とはできる限り距離を取ろうとして、お付き合いがうまくありません。こういったところにはよく賄賂を仕掛けてくるのです。

④ 日本企業と現地企業は法律上からも事業環境が違うことの理解

今回のケースでは、もし本当に申告記載事項の違反があって追徴課税に応じる場合、日本企業としては決して賄賂で減額というような手段は取らないようにするべきなのです。ただこれがベトナム企業の場合、正しかろうが間違っていようが、ややこしいものには早くふたをして、長いものには巻かれた方が得という感覚があるので、文句は言いながらも仕方ない習慣だと割り切って賄賂を渡してしまうことが多いので、なかなかこの悪習慣はなくなりません。

しかし日本企業とベトナム企業では立場が違います。ベトナム国内でも賄賂そのものは犯罪です。しかし、商習慣として根付いている部分があるので、許認可を直接カネで買収するようなことでない限りあまり摘発には至りません。一方、外国企業はベトナム現地でのコンプライアンスだけに気をつければ十分ではないのです。外国人公務員に対する賄賂は不正行為として、本国における法律で域外適用となって、本国の法律で罰せられるという国が多いことを理解するべきです。日本の場合は、不正競争防止法の18条第一項に外国公務員贈賄罪が規定されていて、外国での贈賄行為に対して、ベトナムで摘発されなくても、日本での捜査対象となって有罪となるのです。これが今回のケースですが、実際賄賂を受けたハイフォンの税関は何の罪にも問われていません。

同じようにアメリカでも海外腐敗行為防止法(Foreign Corruption Practiecs,Act)があり、英国でも贈収賄防止法(UK Bribery Act)があることで、これらのグローバルな外国公務員贈賄規制は、贈賄が行われた国での国内法規制による罰則だけでなく、海外企業に対する公判な域外適用の可能性が高い各国のグローバル規制が企業経営にとって大きな脅威となっている理解をすべきでした。

⑤ 社内組織とコミュニケーションとリスクマネジメント問題

ニュースによれば、本件が摘発されたのは匿名の情報提供で発覚したとのことでした。昨今の独禁法違反案件が表ざたになるのはだいたいリニエンシー制度の導入によって、談合を事実を最初に自白したところには罪に問われないということが一般的になったからです。ただ、この賄賂にはリニエンシーがありません。問題が発覚するときの匿名情報によるタレコミという場合、賄賂を貰った方から情報が洩れるのはあまりないと思われます。もちろんそのお零れにありつけなかった収賄側の内揉めから垂れ込まれることはあるとは思うのですが、だいたいこういった類のブラックメールは、不正なことを経営者がやっていることを見た社員の誰かが、日ごとの職場での処遇での不満や正義感からマスコミにリークしたという可能性が高いのではないかと感じます。社内の組織管理がしっかりできているところは、賄賂を要求された問題についても、日本人だけで内々に対応するのではなく、ベトナム人幹部との間で密接なコミュニーケーションができていたなら、もっと正しい経営判断ができたと思いますし、間違った判断について情報が社外に洩れることもなかったのではなかったのではないかと感じます。

海外での経営でのリスクマネジメントの根幹は、社内でコミュニケーションをきっちり確立し、透明性ある経営を日ごろからやっているかどうかの視点を持つことだと思うのです。

賄賂対応だけでなく、リスクマネジメントを押さえていくには、外部からの視点、アドバイスが極めて有効に働くものと改めて感じた案件でした。